コンパスは月を指す

宇宙旅行を考える駆け出し宇宙工学者。 Twitter: @astro_kuboy

第2回 全裸で宇宙に出ると寒いんですか?

 

「やっぱ、全裸で宇宙に出ると寒いんですか?」

オープンキャンパスでいつぞやこんな質問をされたことがある。相手は中学生ぐらいの男子だった。なるほど、これは非常に興味深く、好奇心を刺激する質問である。

まず逆に聞きたい。未来ある少年よ、なぜそもそも全裸で宇宙に出ようと思った。毎朝7時に起きて朝練に行き、眠たい目をこすりながら授業を受け、給食当番で気になるあの子と同じ鍋を運びながらドキドキし、授業が終わったら誰よりも早くグラウンドに行って部活、下校時には友人とこっそり買い食いなんかしながら家に帰る、そんな青春を繰り返す中でいつ、どのタイミングで「全裸で宇宙に出る」という発想が生まれるのか。

そして、文頭の「やっぱ」が実はいい仕事をしている。この「やっぱ」を挟むことでその後に続く「全裸で宇宙」という圧倒的パワーワードをさらりと忍び込ませられている。それだけではない。「やっぱ」が音韻上「真っ裸(まっぱ)」を連想させることでなんと「全裸」の枕詞としても成立してしまっているのだ。「全裸」に枕詞があったことすら僕は知らなかった。間違いない、彼は天才中学生だ。

 

しかし感心している場合ではない。繰り返すがこれは実に興味深く、好奇心を刺激する質問だ。第0回でも述べたが、僕らが宇宙旅行に行くために今必要なのは想像力。想像には好奇心だけでなく知識も必要だ。というわけで今回は天才中学生の疑問に答えつつ宇宙での暑い/寒いに関する知識を身に付けよう。

 

 

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中学生は宙を飛ぶ

 

 

まず、宇宙での暑い/寒いを考える時に見落としがちな大前提を一つ。

そもそも宇宙空間には暑いも寒いも無い。

僕らは普段、「この部屋は寒い」とか「電車の中は暑い」「日陰は涼しい」という感じでその空間自体を暑い、寒いと言うのが日常的な感覚だけど、あれは「その空間にある空気が暑い、寒い」というように気温が高いか低いかの話をしているだけだ。宇宙にはそもそも空気が無いので気温という概念が存在しない。だから、「宇宙空間は寒いんですか?」という質問は意味をなさない。宇宙空間自体には暑いも寒いも無いのだ。

 

 

 

じゃあ全裸で宇宙に出た天才中学生は何をもって暑い、寒いを判断するのか。それには、熱のやり取りを考える必要がある。入ってくる熱と出ていく熱がちょうどつり合う時の体温が、平熱 (36℃) より高ければ暑い、低ければ寒いということになる。

 

簡単な計算をしてみよう。熱のやり取りはざっくり4種類考えればいい。

  1. 熱伝導 – 直接触れているものとの熱のやり取り(例:鉄板を触ると死ぬほど熱をもらう)
  2. 対流 – 気体や液体との熱のやり取り(例:冷房を浴びると熱を奪われる)
  3. 放射 – 電磁波(光とか)での熱のやり取り(例:日光にあたると熱をもらう)
  4. 発熱 – 化学反応などで発生する熱(例:人間の体内での発熱)

 

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4種類の熱のやりとり

 

このうち、宇宙で全裸でいる時には何にも触れていないし空気もないので3と4だけ考えればOK。それから、「全裸で宇宙に行く」というようなクレイジーな発想はおそらく中2病の初期症状だと推測できる。よって天才中学生は平均的な中2男子(164cm, 53kg)*1を想定する。以下では意外に簡単に計算できそうだと実感してもらうことが大事なので、細かい数字や単位はまあ気にしなくていい。

3. 放射:地球の近くにいるとすると、主な熱源としては太陽、地球を考えればいいだろう。それから自分自身から出ていく放射も忘れずに。

  • 太陽の放射 → 平均的な中2男子の体の表面積は約1.57平方メートルだそうだ*2。太陽が当たるのはオモテ面だけなので、1.57÷2=0.785平方メートルが太陽に当たる。太陽からの放射熱は地球付近だと1平方メートルあたり1,366ワット。だから中学生は1,366×0.785=1,072ワットの熱を太陽から受ける。
  • 地球の放射 → 地球のすぐ近くで全裸でいると他の宇宙旅行者に変態呼ばわりされる危険がある。地球からは隠れたところにいるとして、地球から受ける放射熱は0ワットとしよう。
  • 自分の放射 → 自分自身の体温をTとすると、自分自身から出ていく放射熱は0.000000089×(Tの4乗)ワットと計算できる*3

4. 発熱

そもそも全裸でいると呼吸できなくて死ぬから体内での発熱はできないけど、まあ天才中学生ならそのくらいのことは出来るとしよう。それから、体温が変わると体内の発熱量が変わったり汗での体温調節が起こるはずだが、天才は時に大胆な仮定を置くことも辞さない。ここでは常に一定の発熱が起こっていると仮定しよう。平均中2男子の基礎代謝は1,506キロカロリーだそうで*4、これは73ワットの発熱に相当する。

 

まとめると、

  • 入ってくる熱:1,072+0+73=1145ワット
  • 出ていく熱:0.000000089×(Tの4乗)ワット

なので、これがつり合う時の体温Tをエクセルやスマホ電卓などでパチパチ計算してみると、天才中学生の体温はなんと63.6℃となる。くそ熱い。

 

 

ただ、繰り返しになるがこれは宇宙空間自体の温度ではない。あくまで宇宙で全裸の中2男子が太陽に当たっている時にどういう温度になるかを計算しただけだ。太陽にあたっていない場合の体温を同じように計算すると、マイナス103.9℃となる。くそ寒い。

 

結論として、「やっぱ、全裸で宇宙に出ると寒いんですか?」の質問に真面目に答えるならば

「条件によってめちゃめちゃ変わる」

ということになるだろう*5。結論自体はなんだかはっきりしない感じだが、これで宇宙で暑い/寒いを考えるのがどういうことなのかイメージが湧いたと思う。実に良い質問だった。ありがとう、天才中学生。

 

 

*1:

子供の平均身長と平均体重 - 高精度計算サイト

*2:体表面積の計算表から平均を取った

http://www.pharm.kumamoto-u.ac.jp/Labs/clpharm/database/docs/jinfuzen04.pdf

*3:黒体だとしてステファン・ボルツマンの法則より。詳しい解説はたとえば

EMANの物理学・統計力学・ステファン・ボルツマンの法則

とか

*4:

基礎代謝量 - 高精度計算サイト

*5:今回は中学生の体内は全て同じ温度としたが、実際は太陽の当たっている面だけくそ熱くて、裏面はくそ寒いということになるだろうから、やはり一概に暑い/寒いとは言えない。