コンパスは月を指す

宇宙旅行を考える駆け出し宇宙工学者。 Twitter: @astro_kuboy

番外編 綾瀬はるか姐さんを工学でガチ論破する

 

 

こちらのCM、ご覧になったことはあるだろうか。

 

 

綾瀬はるか姐さんはおっしゃる。

「2.5 kgのおもりが、スイスイ持ち上がる!」

 

f:id:AllAstroDream:20191227033640p:plain *1

 

そしてこの表情である。

 

なるほど、たしかにいかにも重そうな金属の塊がスイスイと持ち上がっている。

 

続いてパワフルタイプ。

「2.5 kgと3.5 kg、合わせて6 kg、これがスイスイ上がる!」

 

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うむ、たしかに、これまた見事にスイスイ上がっている。

 

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姐さん、ご満悦。

 

しかし。

 

ん?

 

一瞬、直観的に訪れた違和感は、またたく間に僕のエンジニア脳を刺激してしまう。

 

いやこれ、おかしくない?

 

おかしい。うん、おかしい。あれ、おかしくないのか……?いやいや、やっぱりおかしい!

姐さんがあまりにも良い表情をしているので危うく騙されるところだったが、どう考えてもこの装置で掃除機がパワフルだと主張するのはおかしいのである。

 

論破せねばならぬ。いくら姐さんがご満悦でも、研究者の端くれとしてエセ科学を放っておくわけにはいかぬ!!

 

 

こうなると居ても立ってもいられないので、今回は番外編として、工学の知識を使って姐さんをコテンパンに論破することにしよう。ただ、前回の記事とも絡む内容なのできっと良い演習問題になると思う。

 

ちなみにこのおもりスイスイ装置はお店で体験できるらしいが、実物を見るとすぐに答えが分かって面白くないので今回はこの動画に出てくる数秒間の映像情報と、ネットに落ちている情報、そして僕の精一杯の知恵だけを頼りに考察する。なんせ僕の専門である宇宙工学でも、宇宙機から得られるデータは常に限られた情報のみなのだ。少ない情報から最大限の考察を深めることこそ工学の醍醐味なのである(要するにドMなのです)。

 

皆さんも、是非どこがおかしいのか自分で少し考えてからこの先に進んでみてほしい。

 

 

 **********************

 

まず、今回のこのおもりスイスイ装置、動画を見る限り下の図のような構造になっていると思われる。

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密閉された箱の中に入った掃除機が装置内の空気を吸い上げ、それによっておもりがスイスイと持ち上がるという仕組みだ。おもりは透明な円筒の中に入っている(ように映像では見える)が、円筒と完全にぴったりくっついていると動けないので、若干のスキマがあると思われる。

 

さて掃除機をONにすると、装置内の気圧は下の図のようになるはずだ。

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掃除機によって空気が吸い出されるので、装置内の気圧はやや低くなる。ところが、おもりより下の空間だけは、スキマから少しずつしか空気が吸われないため、比較的高い気圧のまま維持される。その結果、おもりは高気圧側から低気圧側へ押されることになり、スイスイと持ち上がるという仕組みである。*2

「気圧差ぐらいで本当に持ち上がるの?」と疑問に思った方は前回の記事のこの絵を思い出してほしい。

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この図のように、地上での大気圧は手の平にお相撲さんが乗っているぐらいの力の大きさに相当するのだった。それに対して今回のおもりの重さはせいぜい手の平に数kg程度である。だから、おもりの上下の空間でほんの数%ぐらいの気圧差でも生じさせればおもりはスイスイと持ち上がってしまうのである。

 

 

さて。大まかな仕組みが分かったところで、なぜ僕がこの装置をインチキだと言っているのかを説明しよう。ここからは簡単な計算を交える。流れが分かればいいので、細かい数字は読み飛ばしてもらっても構わない。

 

 

ここでは動画前半に出てくる、消費電力100 Wタイプの掃除機(MC-SB30J)で2.5 kgのおもりを持ち上げている実験について考えよう。

まず、掃除機の能力は一般的に

吸込仕事率 = 消費電力×仕事効率 = 真空度合い×排気量

で計算される吸込仕事率によって決まる。そこで、製品ウェブサイトの吸込仕事率の欄を見てみると……

 

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なぜかここだけ空欄になっている。

奴らめ、情報開示せず逃げ切るつもりか。そうはさせんぞ。仕方ないので他社の掃除機の値を参考にして、仕事効率20 %、真空度20 kPaと仮定して議論を進めよう。*3この時、吸込仕事率は100 [W]×0.2 = 20 [W]と見積もれて、掃除機の排気量は

20 [W]÷(20×103 [Pa]) = 1 [L/s]、つまり毎秒1リットル排気すると思われる。

 

 

次に、2.5 kgのおもりを持ち上げるのにどの程度の気圧差を生み出す必要があるか計算しよう。

動画を見ると、おもりのサイズは姐さんの片手に収まっているので、直径は10 cm (半径5 cm)と見積もれる。この時、断面積は5×5×3.14 = 78.5 cm2である。おもり上下の気圧差が、

気圧差×断面積 = おもりにかかる重力 = おもりの質量×重力加速度

となると、気圧差が重力に打ち勝っておもりは上に動き始める。

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この時の気圧差を計算すると、2.5[kg]×9.8[m/s2]÷(78.5×10-4[m2]) ≒ 3 [kPa] となる。*4

 

 

では、この気圧差3 kPaを掃除機が維持できるための条件を求めよう。おもりの脇の細いスキマを気体が流れる量は、流体力学の関係式から次の図中の赤で書いた式のように求められる。*5

 

f:id:AllAstroDream:20191227034437p:plain *6

 

スキマを流れる気体の量Qよりも掃除機の排気量1 L/sの方が大きい時、つまりスキマから入ってくる空気の量よりも多く掃除機が排気できる時、掃除機はその圧力差を維持できることになる。これを満たすスキマをスマホの電卓などで計算するとx = 0.047 [mm] となる。つまり直径に換算すると約0.1 mmの差だけ、円筒よりもおもりの方が径が小さく作られていることになる。0.1 mmというとかなりの精度に思えるかもしれないが、機械加工の世界で言うと実は大した精度ではないので、ここまでの計算結果はある程度妥当だと思われる(専門的にはランクDの寸法公差に相当する)。

 

 

では、論破しよう。

これまでの計算で分かったように、要するにこの装置で「どれだけおもりがスイスイ上がるか」は、掃除機の排気量(つまり掃除機のパワー)と、おもりと円筒の間のスキマとの関係で決まる。逆に言うと、掃除機がどれだけパワフルであったところで、スイスイ持ち上がるかどうかはスキマの条件に依存してしまうのである。もちろん、同じスキマの条件で比べれば相対的な比較はできるので、「2.5 kg持ち上げる掃除機」と「6 kg持ち上げる掃除機」では後者の方がパワフルだという主張は正しいが、他社の掃除機での結果と比較せずに

「ほら、うちの掃除機こんなの持ち上げられるの凄いでしょ!」

と言ったところで、何の意味もないのである。そもそもおもりを持ち上げているのはあくまで大気であって、掃除機が直接おもりを持ち上げているわけではないのだ。

 

 

さらに追い打ちをかけよう。

実はこの装置、温度を下げるとあたかも掃除機のパワーが増したかのように見せることができるハイパーインチキモードを備えている。これには材料の熱膨張を考える必要がある。

まず透明な円筒は、ガラスだと店頭に置くには危ないのと加工が大変なので、アクリル製だと思われる。アクリルの熱膨張係数は0.007 [%/℃]、つまり温度が1度上がると0.007 %だけ伸び、1度下がると0.007 %縮むことになる。一方おもりの材料については何らかの金属だろう。直径10 cm、高さ15 cmと仮定すると密度は2 g/cm3ぐらいなので、恐らくアルミ製だと思われる。アルミの熱膨張係数は0.0023 [%/℃]、アクリルよりも膨張率は低い。*7

 

では、この装置を屋外で使ってみたとしよう。この時期の屋外は室内よりも20度ぐらい気温が低い。この時、外側の円筒の方が内側のおもりよりもたくさん縮むので、結果的にスキマはより小さくなる。

 

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実際に温度差20度で半径5 cmの円筒のスキマがどれだけ小さくなるか計算すると、

5 [cm]×(0.007-0.0023 [%/℃])×20 [℃] = 0.047 [mm]

もともとのスキマは0.047 mm だったので、縮んだ後のスキマはほぼゼロになる。するとスキマから入ってくる空気がより少なくなり、室内で使っていた時よりも気圧差はさらに大きくなって、よりパワフルに持ち上がる(ようにあたかも見える)ことだろう。ただしこのインチキモード、調子に乗って温度を下げすぎるとスキマが完全になくなっておもりが全く動かなくなるので注意が必要だ。*8

 

ともかく、このようなちょっとしたスキマの条件の違いでおもりの持ち上がり方が変わってしまうようなヘンテコな装置を用いて「ほら、こんなにスイスイ持ち上がっているでしょ!」と言われても何の証明にもならないのである。結局、いかにこの装置がスキマとおもりの重さを絶妙に調整しているかを示しているに過ぎないのだ。

2.5 kgとかいう、いかにも物理的に意味ありげな数字だけれど、2.5 kgという数字は掃除機の性能だけで決まる数字は無いので、別に大した意味は無いのだ。おうちにあるあらゆる2.5 kg以下のものが持ち上げられてしまうわけでは決してないので安心してほしい。どうしても数字を見せられると人間って勝手に勘違いして解釈してしまうよね。それにしてもパナソニックさん、上手な宣伝だなあ。

 

 

さて、今回はこんなもんにしておこう。なかなか有意義な演習問題になったと思う。まだ僕も実物の装置を見ていないので、電気屋さんに行って確かめてみようと思う。もし、実物を見て何か僕の間違いや面白いこと、さらなる隠されたインチキに気づいたら追記するかもしれない。

 

あ、最後にもう1つだけ言わせてください。

 

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安全靴を履いてください。

3.5 kgの金属の塊がこの高さから足に落ちたら確実に骨折します

最近はレディース安全靴なるかわいらしいものもあるみたいだ。↓

女性用安全靴の選び方 - ≪公式≫レディース安全靴専門店|ワークストリート

 

せっかくの綺麗な足なんだから大事にしてね、姐さん。

 

 

 

追記 2019.12.28

実は、記事執筆直後さっそく電気屋さんに行って体験してきました。ほとんど僕の推理は当たっていたようですが、一部間違っていた部分や新しい発見もあったのでまた続編を書こうと思います。 書きました。↓

番外編 続・綾瀬はるか姐さんを工学でガチ論破する - コンパスは月を指す

 

*1:画像クレジット:YouTubeより(他の同様の画像も同じ)

*2:円筒の下端が閉じているか開いているかは動画からは見て取れないが重要なポイントである。どちらにしろ気圧差ができればおもりは持ち上がるが、開いている方が常に高圧側が大気圧に保たれるので有利ではある。

*3:株式会社マキタ 総合カタログ

*4:ちなみに3kPaの圧力差ができるまでに何秒かかるかも概算できる。映像情報から適当に寸法を見積もって装置内の容積を概算すると約15 Lとなる。もし大気圧100 kPaから掃除機の真空度20 kPaまで一定の速度で気圧が落ちると仮定すると、1秒間に5.3 kPa減圧されることになる。動画では掃除機のスイッチを入れてから1秒以内に持ち上がっているように見えるので、妥当だろう。ただし、実際には装置内の気圧が低くなると排気量も減ってくると思われるので、一定のペースで減圧するという仮定はやや雑である。

*5:オリフィス流れについて http://skomo.o.oo7.jp/f28/hp28_58.htm

*6:圧力はどちらも大気圧からあまり変わらないと考えて、密度は一定と仮定した。厳密には密度は圧力によって変化するのでもう少しややこしくなる。

*7:設計データ | 技術情報 | 住化アクリル販売株式会社

*8:ここの議論はやや大げさかもしれないが、構造力学の良い練習問題なので載せた。実際には円筒の両端はおそらく金属など膨張の少ない材料で固定されているので、これほど劇的に径が変わることは無いかもしれない。いずれにせよ、この例のようにスキマのちょっとした条件で見え方が変わるということを言いたいのである。