コンパスは月を指す

宇宙旅行を考える駆け出し宇宙工学者。 Twitter: @astro_kuboy

番外編 続・綾瀬はるか姐さんを工学でガチ論破する

 

※この記事は前回の続きです。前編を読まれていない方はお先にこちらから。

 

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さて。前回の記事ではあえて装置の実物は見ないという工学縛りプレイをしてきたわけだが、書き終えた後さっそく電気屋さんに向かうと……

 

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あった。

初対面のはずなのにこちらは一方的に相手のことを熟知しているという、ネトストみたいな背徳感を味わう。悪くない。

 

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そして我らが姐さんは相変わらずいい笑顔。

 

 

 

掃除機は現在充電中なのか、装置には設置されていないようだ。『お試しください』と姐さんも言ってくれていることなので、遠慮なく充電器を抜いて設置することにしよう。近くにいた店員さんが、手伝いましょうか?と視線を送ってきたが、軽く会釈でかわして黙々と設置する。なんてったって動画で数十回見た装置なのでもう手伝いなどなくても全て分かる。素人と一緒にしてもらっちゃ困るぜ。

店員さんは優しい目で何かを察し、すーっと去っていった。

 

 

それでは、前回の限られた情報だけでは分からなかったが、実物を見て分かったことを書こう。

 

吸込仕事率について

掃除機のパワーを示す「吸込仕事率」。前回僕が閲覧したウェブサイトには載っていなかったのだが……

 

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か、書いてたーー。僕が勘違いしていたが、「100 Wタイプ」「200 Wタイプ」というのは消費電力ではなく吸込仕事率のことを直接指していたようで、つまり思っていたよりも実物は数倍パワフルだったことになる。すると前回の記事の計算値はかなり変わってしまうが、まあ議論の本質が変わるわけではないので良しとしよう。

今回の記事の計算では、この正しいほうの値を使うことにする。

 

 

・スキマについて

前回、おもりと円筒の壁との間にはほんのわずかなスキマがあるはずだと書いたが、実物を見てみると下の写真のようになっていた。

 

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おもりの下にフェルトっぽい素材でできた円板が取り付けてあり、これで壁とのスキマを埋めているようだ。なるほど、これなら確かにフェルトがやわらかいのである程度スキマを埋めつつも上下に滑らかに動ける。また、この仕組みなら前回指摘したような温度差によるスキマの伸び縮みはフェルトの伸び縮みでカバーできる。悪名高きあのハイパーインチキモードは残念ながら使えなさそうだ*1

うーむ、パナソニックさんもよく工夫しておられる。

 

 

・開いているか閉じているか?

前回の脚注に書いたが、円筒の下端が開いているか閉じているかで実は圧力の計算は大きく変わってくる。開いている場合には、スキマから空気を吸われてもすぐさま下から空気が供給されるので、おもりの下は常に大気圧(約100 kPa)に保たれることになる。一方、閉じている場合はおもりの上下どちらの空間も少しずつ気圧が下がっていく(下の図みたいな感じ)。

 

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僕が電気屋さんで見た実物の装置では、開いているか閉じているかは目視では分からなかったが、実は掃除機を吸い続けていればどちらであるか分かる。もし下端が閉じているならば、ずーっと吸い続けていると上図右のグラフのようにやがておもりの下の②の空間の気圧も下がっていって、①と②の気圧差が無くなる。そして、気圧差が重力に打ち勝てなくなるとおもりはズルズルと落ちていくはずだ。

実際に電気屋さんで数十秒間ずーっと吸ってみたが、おもりが落ちてくる気配はなかったので、今回は下端は開いていると思われる。

 

 

では、実際に僕がお店で試してみた時の映像を見ていただこう。店頭にあったのは200 Wタイプで6 kg持ち上げる装置だった。CMの後半に出てくる実験と同じセットアップだ。

 

 

うおお、スイスイ持ち上がっている!たしかに、生で見るとすごそうな掃除機に見える。いかん、騙されてはいかん!

 

ところでこれ、実は物理的にはまあまあ複雑な現象である。実際Twitterでも、不思議に思っている人がいた。 

 

なんで別々に浮くのか。これは良い着眼点だ。下の図を見てみよう。

 

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図の中の空間1~3の圧力の変化を左から順に追っていこう。

① はじめ、空間1は掃除機から直接吸われるので一気に圧力が下がり,おもり1が持ち上がる。このとき、空間2はスキマからすこしずつしか吸われないのであまり圧力が下がらない。

② ところがおもり1が持ち上がると、空間2は体積が広がって圧力が下がる。

③ その結果おもり2の上下の圧力差が大きくなって、おもり2も動き出すという感じだ。

 

つまりある程度おもり1が動いてからでないと、空間2の圧力が下がらないので、2つのおもりは別々に動くというわけだ。

さてこの運動、まじめに方程式を解こうとすると結構めんどくさいことになる。

各空間の圧力を求めるには、

A. 掃除機の排気による圧力減少

B. おもりの動きによる圧力減少

を同時に考えなければならず、しかもその圧力を決めるためのおもりの動きは圧力で決まるというややこしい関係だ。おもりの運動と圧力の変化はそれぞれ単独で求められず、両者は複雑に絡み合って時々刻々変化していくというわけだ。

うーむ、これは厄介だ。厄介だが。

 

 

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よし、解こう。

姐さんについにドン引きされているが、構わず続けよう。これら図に示した8本の連立方程式を解けば、おもりの動きx1, x2を完璧に求めることができる。

式の意味はまあ察してくれ~。 簡単にだけ式の意味を説明しよう。

おもりの運動方程式(黒の式)の右辺、つまりおもりにかかる力はおもり上下の圧力差で決まっていて、その圧力差の変化はスキマを空気が流れる量(緑の式)と、おもりの移動による空間の体積の変化(青の式)を気体の方程式(オレンジの式)に代入すれば決まる、ということだ。さすがにややこしくて綺麗には解けなさそうなので、今回は数値シミュレーションで無理やり運動を求めていくことにしよう。

 

計算に使った定数は以下の通り。電気屋さんでさすがに恥ずかしくて装置の寸法は物差しで測れなかったので、各空間の体積は目分量で求めている。

 

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計算結果は下の動画のようになった。さきほどの僕が撮った動画と、シミュレーション結果の動画を横に並べてある。

うむ、まあまあ左右で似たような動きをしていそうだ。

といっても、各スキマの大きさを決める定数であるC1、C2は理論での予測は難しく、今回はシミュレーション結果を見ながら僕が試行錯誤で調整した。なのでその値がどの程度妥当かはなんとも言えない。まあ、大外れではないではないだろう。*2

 

シミュレーションをしてみて分かったが、実はこのスキマの値が少し違うだけでおもりの動きは大きく変わってしまう。この条件では、10%スキマを大きくしただけでもう全然持ち上がらなくなってしまった。恐らくこのインチキ装置を開発した際、パナソニックさんはこの絶妙な気密性の調整に苦労したんじゃなかろうか。

実際、僕が別の電気屋さんであの装置を試した時には、同じ掃除機で試してもおもりが上手く持ち上がらなかった。見た目では分からなかったが、もしかしたら布の円板の端に少しスキマがあるとか、ちょっとした条件が違っていたのかもしれない。さらに、CMで見るともっと勢いよくおもりは持ち上がっているので、撮影用に条件をうまく調整したのだろう。

やっぱり、そんなちょっとした条件に左右されるならインチキじゃん

と、俄然この装置への不信感が募ってしまった。

 

 

ただ大変悔しいことに、この記事を書くために何度も何度もこのCMを見ているうちにだんだん変な愛着が湧いてきて、この掃除機が欲しくなってきてしまった。クラスの女子をからかっている内に、次第にその子のことが気になり始めて恋に落ちてしまうパターンじゃないか。小学生なのか、僕は。

 

参りましたよ、姐さん。

 

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みなさんもぜひお店で体験して、姐さんのハニートラップにまんまとかかってみてはいかがですか。

 

 

 

*1:前回の記事を参照

*2:実物の動きでは、上のおもりがはじめ勢いよく持ち上がり、その後下のおもりが動き出すと上のおもりにグッとブレーキがかかるような動きが見える。実を言うとシミュレーションでこの動きを再現したかったが、色々と値を変えたり摩擦力を入れてみたりしてもあまりうまくいかなかった。物理モデル自体がイマイチなのかもしれないので、もし名案がある方は教えてください。