コンパスは月を指す

宇宙旅行を考える駆け出し宇宙工学者。 Twitter: @astro_kuboy

第1回 はやぶさ2はすごいんですか?

まさかとは思うけれど、「はやぶさ2なんか知らなくたって宇宙旅行には行けるよ」とお思いだろうか。

 

まあちょっと想像してほしい。人生初の宇宙旅行。社会人1年目から少しずつお金を貯め、ボーナスも贅沢に使わず、やっとの思いで子供のころからの念願を果たす時が来た。ドキドキしながら窓側の席に座ると、隣の席にはアメリカ人の陽気なおっちゃんが座った。日本のロケットは小ぶりながら信頼性が高く、このようにわざわざ外国人が乗りに来ることも珍しくないのだ。これまで味わったことのない環境での3日間の閉鎖空間の旅。みんな話し相手が欲しいのか自然と他人同士の間にも会話が生まれ始める。そうこうしているとほら、隣のおっちゃんが話しかけてきた。

「なあ、あんたジャパニーズだろ?ジャパンの宇宙開発もなかなかすげえよな!特に昔のはやぶさ2ってやつはありゃあ興奮したよ。ド肝抜かれて危うくレバ刺しにされるとこだったぜ、ハッハッハ!なあ、はやぶさ2のすごいところもっと俺に教えてくれよ!」

さて、あなたは日本が世界に誇る宇宙探査ミッションのことをきちんと自慢できるだろうか。

「アー、イエス!サンキュー、、、ハヤブサツーは、ナンカメッチャ、、、トテツモナイ、、、、、」

 

宇宙に行くなら、はやぶさ2のすごさぐらい知っていないとね。

 

 

 

 

 

 

さて、去年あたりからニュースでは色々と「すごいぞ、はやぶさ2!」と騒がれているけれど、多くの人にはぶっちゃけ何がすごいのかきちんと伝わっていないと思う。

たとえば去年6月に小惑星に到着した時、我が家の父ちゃんは

「はやぶさ2、32億キロの長旅だって。すげえなあ。(目キラキラ)」

と田舎育ちならではの素朴な感想を言っていたけれど、この「32億キロ」という数字はなんとなく壮大なスケール感を伝えているだけで、ぶっちゃけ大した意味はない。宇宙には空気抵抗も摩擦も無いから、一度加速すればほっといても物体は進み続ける。うちの父ちゃんだって、宇宙ステーションから室伏広治選手に投げてもらえば寝てるだけで32億キロの旅が出来るわけだ。

 

 

ニュースにはバイアスもかかる。隣のアメリカ人のおっちゃんをなんとかギャフンと言わせてレバ刺しにしたいあなたは、いつか見たニュースの記憶を頼りに

「ハヤブサツーは、セカイ初のジンコウクレーターつくっタ!スゲーだろ!」

とドヤ顔をしたとする。しかしこういうことを言うと「Oh……世界初の人工クレーター形成はNASAのDeep Impactだぜ、ジャパニーズ。そんなことも知らないのか。」と逆レバ刺しにされてしまうので気を付けた方がいい。ニュースでは、とにかく自分の国が世界初!と書きたがるのでどこがどう世界初なのかきちんと説明できないと、宇宙旅行に行ってまで恥をかくことになる。

 

 

 

では、何がすごいのか。小惑星着陸やクレーター生成など個々のミッションに目を向けがちだが、僕が思うはやぶさ2の本当のすごさはその器用さと大胆さの総合力にあると思う。色々なことをこなすテクい奴ながらパンクロック精神も備えているのだ

 

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僕のはやぶさ2のイメージ

 

実は日本の宇宙開発で使えるお金はアメリカのたった1/10しかない。お小遣いが毎月千円の人と1万円の人では生き方自体が変わってくるように、日本とアメリカではそもそもの宇宙開発への姿勢が異なる。はやぶさ2と、通称アメリカ版はやぶさ2のOSIRIS-RExとの全体重量、主な機器、サンプル採取量を比較すると、特徴が見えてくる。

 

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はやぶさ2とOSIRIS-RExの比較

 

あれ、なんかはやぶさ2、機器積みすぎじゃね?そしてその割に全体重量は圧倒的に軽い。一体どうなっているんだ。

 

実ははやぶさ2はそれぞれの機能を最小限にして、あとは技術で補おうぜ、という方針を随所に取っている。

例えばクレーター生成装置(時限爆弾の銃)は、どこを狙うかを自分で調整する機能を持っていない。室伏選手に投げられた父ちゃんと同様、投げられたらあとは流れに身を任せるしかない。小型分離カメラも同様だ。したがって、それらはかなり慎重に宇宙空間に配置する必要がある。一度ずれると修正不可能なのだ。

考えてもみてほしい。はやぶさ2との通信時間は往復30分以上かかる。地球から手動で操作するのでは間に合わないので、爆弾をそっと置いて & カメラをそっと置いて & 爆発に巻き込まれないよう自分自身は小惑星の影に隠れて、という一連の流れを全自動で行うのだ。逃げ切れなかったり狙いがずれたり何かミスが起こったとしてももはや手遅れ、最悪の場合世界初の全自動自爆探査機が爆誕することになる。このリスクを知っていてもなお成功の可能性に賭け、削減した重量でさらに計4機もの小型ローバー/着陸機を積むことを選んでいる。ここに開発チームの相当な覚悟を感じずにはいられない。

そして先日、彼らはそれらすべてを完璧に成功させたのだ。果たしてこの凄さを誇りに思えている日本人はどれだけいるのだろうか。

 

 

 

 

実はこの「詰め込み設計」には批判もある。いやなんならほんの10年前まで相当ディスられていた。

1998年に打ち上げられた日本初の火星探査機「のぞみ」は数々の不具合を起こし、失敗に終わった。原因はいくつかあったが、根本的な原因は「詰め込み設計」だと批判された。はやぶさ2と同じぐらいのサイズの機体に14種類もの機器を積んでいたのだ。

あの初代はやぶさだって、今でこそヒーローのように扱われているが、多数の機器の故障を経験し、着陸に失敗し、挙句の果てに行方不明になった当時は相当な批判を受けていた。

 

ついでにもう一つ、これもよくあるディスだが、そもそも日本がそんなに頑張って宇宙探査やる必要あんの?という批判だ。さきほどの比較表でも分かる通り、アメリカは3倍以上の重さの機体を打ち上げ、盤石な態勢で日本の600倍の砂を採取する計画だ。カメラや分光計なども当然アメリカの方が高性能なものを積む重量余裕がある。アメリカのようにお金をかけるべきところにきちんとかけて確実に成果をあげるのが真っ当なやり方で、低予算で工夫しながらチマチマやっても結局意味がないということだろう。

 

 

うーん、なるほどなあ。

しかしそれでもなお、はやぶさ2は機器の重量を絞り、多彩な機器を載せて自分たちのやり方を貫くことを選んだ。これに対して色々と理由は付けられるだろうが、根っこにあるのはやはり「パンクロック精神」ではないかと僕は思っている。予算が少ないからNASAのミニチュア版のことだけをやる、という気持ちでいると確かにいくらチマチマ頑張ったとて永遠に2位以下のままだ。1位を取るためにはどんだけディスられようとも詰め込み詰め込み、得られる成果を最大化する。そしてあらゆる失敗を覚悟する。パンクロック精神とは、よく反政府主義だと思われているが、DIY(Do It Yourself)主義という視点もある。「力を持っているやつなんかには頼らずに俺は俺で勝手にやるからな!ファックユー!」という主張だ。はやぶさ2のこの設計思想をパンクロック精神と言わずしてなんと言おうか*1

 

 

 

さて、ここまで言えたらもう隣のおっちゃんも「ブラボーだ……ジャパニーズ……お前らかっこいいぜ」と尊敬のまなざしを向けているに違いない。最後にもう一つ、マニアックな話をしておっちゃんを完全に手玉に取ろう。

宇宙機は自分がどちらを向くかを制御するために、リアクションホイールという回転円盤を中に搭載している。その回転速度を変えることで自分の向きをコントロールするものだ。はやぶさ2は4個のリアクションホイールを載せているが、下図の左のように普通ならば1個を予備として斜めに配置するのが常識だ。斜めにしておけばどれかが壊れてもまんべんなく対応できる。しかしはやぶさ2は下図の右のように予備の1個をz軸に重ねている*2。これではもしx, y軸のものが壊れた時に全く対応できないことになる。なぜわざわざこんな危ないことをするのか?

 

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リアクションホイールの載せ方(左:通常、右:はやぶさ2)

 

実はこれ、初代はやぶさやソーラーセイル実証機IKAROSで確立した制御技術を応用した、通称「ソーラーセイルモード」を行うためにこうなっている*3。ネットなどの情報では、3つのリアクションホイールを温存させるためと涼しく書いているが、僕にはどうも、「自分たちが最先端であるためならあえてリスクを取る」というパンクロック精神がその裏には透けて見えてしまうのだ。

 

 

さて、僕の専門分野と近いこともあって第1回の記事は少々熱が入ってしまった。もうおっちゃんもレバ刺しどころかあまりの熱量にレバニラになっていることだろう。ここまで語ることができればもう旅先で恥をかくことはない。堂々と自国の宇宙探査に誇りを持って自慢しよう。

 

 

*1:はやぶさプロジェクトサイト トップ←元初代はやぶさプロジェクトマネージャーの川口淳一郎氏の『はやぶさ後継機に関する予算の状況について』という記事。はやぶさ2予算の削減について、日本の宇宙探査を強烈にリードしてきたからこその非常に説得力のある抗議文がある。パンクロック精神の最たるもの。

*2:正確には、重ねているというより横に並べているよう。この絵では向きを分かりやすくするためにあえて重ねて書いた。TCMの加速を確実にする姿勢制御系 | こちら「はやぶさ2」運用室 | JAXA はやぶさ2プロジェクト

*3:詳しくはOWC運用(ソーラーセイルモード)始めました | こちら「はやぶさ2」運用室 | JAXA はやぶさ2プロジェクト