コンパスは月を指す

宇宙旅行を考える駆け出し宇宙工学者。 Twitter: @astro_kuboy

番外編 続・綾瀬はるか姐さんを工学でガチ論破する

 

※この記事は前回の続きです。前編を読まれていない方はお先にこちらから。

 

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さて。前回の記事ではあえて装置の実物は見ないという工学縛りプレイをしてきたわけだが、書き終えた後さっそく電気屋さんに向かうと……

 

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あった。

初対面のはずなのにこちらは一方的に相手のことを熟知しているという、ネトストみたいな背徳感を味わう。悪くない。

 

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そして我らが姐さんは相変わらずいい笑顔。

 

 

 

掃除機は現在充電中なのか、装置には設置されていないようだ。『お試しください』と姐さんも言ってくれていることなので、遠慮なく充電器を抜いて設置することにしよう。近くにいた店員さんが、手伝いましょうか?と視線を送ってきたが、軽く会釈でかわして黙々と設置する。なんてったって動画で数十回見た装置なのでもう手伝いなどなくても全て分かる。素人と一緒にしてもらっちゃ困るぜ。

店員さんは優しい目で何かを察し、すーっと去っていった。

 

 

それでは、前回の限られた情報だけでは分からなかったが、実物を見て分かったことを書こう。

 

吸込仕事率について

掃除機のパワーを示す「吸込仕事率」。前回僕が閲覧したウェブサイトには載っていなかったのだが……

 

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か、書いてたーー。僕が勘違いしていたが、「100 Wタイプ」「200 Wタイプ」というのは消費電力ではなく吸込仕事率のことを直接指していたようで、つまり思っていたよりも実物は数倍パワフルだったことになる。すると前回の記事の計算値はかなり変わってしまうが、まあ議論の本質が変わるわけではないので良しとしよう。

今回の記事の計算では、この正しいほうの値を使うことにする。

 

 

・スキマについて

前回、おもりと円筒の壁との間にはほんのわずかなスキマがあるはずだと書いたが、実物を見てみると下の写真のようになっていた。

 

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おもりの下にフェルトっぽい素材でできた円板が取り付けてあり、これで壁とのスキマを埋めているようだ。なるほど、これなら確かにフェルトがやわらかいのである程度スキマを埋めつつも上下に滑らかに動ける。また、この仕組みなら前回指摘したような温度差によるスキマの伸び縮みはフェルトの伸び縮みでカバーできる。悪名高きあのハイパーインチキモードは残念ながら使えなさそうだ*1

うーむ、パナソニックさんもよく工夫しておられる。

 

 

・開いているか閉じているか?

前回の脚注に書いたが、円筒の下端が開いているか閉じているかで実は圧力の計算は大きく変わってくる。開いている場合には、スキマから空気を吸われてもすぐさま下から空気が供給されるので、おもりの下は常に大気圧(約100 kPa)に保たれることになる。一方、閉じている場合はおもりの上下どちらの空間も少しずつ気圧が下がっていく(下の図みたいな感じ)。

 

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僕が電気屋さんで見た実物の装置では、開いているか閉じているかは目視では分からなかったが、実は掃除機を吸い続けていればどちらであるか分かる。もし下端が閉じているならば、ずーっと吸い続けていると上図右のグラフのようにやがておもりの下の②の空間の気圧も下がっていって、①と②の気圧差が無くなる。そして、気圧差が重力に打ち勝てなくなるとおもりはズルズルと落ちていくはずだ。

実際に電気屋さんで数十秒間ずーっと吸ってみたが、おもりが落ちてくる気配はなかったので、今回は下端は開いていると思われる。

 

 

では、実際に僕がお店で試してみた時の映像を見ていただこう。店頭にあったのは200 Wタイプで6 kg持ち上げる装置だった。CMの後半に出てくる実験と同じセットアップだ。

 

 

うおお、スイスイ持ち上がっている!たしかに、生で見るとすごそうな掃除機に見える。いかん、騙されてはいかん!

 

ところでこれ、実は物理的にはまあまあ複雑な現象である。実際Twitterでも、不思議に思っている人がいた。 

 

なんで別々に浮くのか。これは良い着眼点だ。下の図を見てみよう。

 

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図の中の空間1~3の圧力の変化を左から順に追っていこう。

① はじめ、空間1は掃除機から直接吸われるので一気に圧力が下がり,おもり1が持ち上がる。このとき、空間2はスキマからすこしずつしか吸われないのであまり圧力が下がらない。

② ところがおもり1が持ち上がると、空間2は体積が広がって圧力が下がる。

③ その結果おもり2の上下の圧力差が大きくなって、おもり2も動き出すという感じだ。

 

つまりある程度おもり1が動いてからでないと、空間2の圧力が下がらないので、2つのおもりは別々に動くというわけだ。

さてこの運動、まじめに方程式を解こうとすると結構めんどくさいことになる。

各空間の圧力を求めるには、

A. 掃除機の排気による圧力減少

B. おもりの動きによる圧力減少

を同時に考えなければならず、しかもその圧力を決めるためのおもりの動きは圧力で決まるというややこしい関係だ。おもりの運動と圧力の変化はそれぞれ単独で求められず、両者は複雑に絡み合って時々刻々変化していくというわけだ。

うーむ、これは厄介だ。厄介だが。

 

 

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よし、解こう。

姐さんについにドン引きされているが、構わず続けよう。これら図に示した8本の連立方程式を解けば、おもりの動きx1, x2を完璧に求めることができる。

式の意味はまあ察してくれ~。 簡単にだけ式の意味を説明しよう。

おもりの運動方程式(黒の式)の右辺、つまりおもりにかかる力はおもり上下の圧力差で決まっていて、その圧力差の変化はスキマを空気が流れる量(緑の式)と、おもりの移動による空間の体積の変化(青の式)を気体の方程式(オレンジの式)に代入すれば決まる、ということだ。さすがにややこしくて綺麗には解けなさそうなので、今回は数値シミュレーションで無理やり運動を求めていくことにしよう。

 

計算に使った定数は以下の通り。電気屋さんでさすがに恥ずかしくて装置の寸法は物差しで測れなかったので、各空間の体積は目分量で求めている。

 

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計算結果は下の動画のようになった。さきほどの僕が撮った動画と、シミュレーション結果の動画を横に並べてある。

うむ、まあまあ左右で似たような動きをしていそうだ。

といっても、各スキマの大きさを決める定数であるC1、C2は理論での予測は難しく、今回はシミュレーション結果を見ながら僕が試行錯誤で調整した。なのでその値がどの程度妥当かはなんとも言えない。まあ、大外れではないではないだろう。*2

 

シミュレーションをしてみて分かったが、実はこのスキマの値が少し違うだけでおもりの動きは大きく変わってしまう。この条件では、10%スキマを大きくしただけでもう全然持ち上がらなくなってしまった。恐らくこのインチキ装置を開発した際、パナソニックさんはこの絶妙な気密性の調整に苦労したんじゃなかろうか。

実際、僕が別の電気屋さんであの装置を試した時には、同じ掃除機で試してもおもりが上手く持ち上がらなかった。見た目では分からなかったが、もしかしたら布の円板の端に少しスキマがあるとか、ちょっとした条件が違っていたのかもしれない。さらに、CMで見るともっと勢いよくおもりは持ち上がっているので、撮影用に条件をうまく調整したのだろう。

やっぱり、そんなちょっとした条件に左右されるならインチキじゃん

と、俄然この装置への不信感が募ってしまった。

 

 

ただ大変悔しいことに、この記事を書くために何度も何度もこのCMを見ているうちにだんだん変な愛着が湧いてきて、この掃除機が欲しくなってきてしまった。クラスの女子をからかっている内に、次第にその子のことが気になり始めて恋に落ちてしまうパターンじゃないか。小学生なのか、僕は。

 

参りましたよ、姐さん。

 

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みなさんもぜひお店で体験して、姐さんのハニートラップにまんまとかかってみてはいかがですか。

 

 

 

*1:前回の記事を参照

*2:実物の動きでは、上のおもりがはじめ勢いよく持ち上がり、その後下のおもりが動き出すと上のおもりにグッとブレーキがかかるような動きが見える。実を言うとシミュレーションでこの動きを再現したかったが、色々と値を変えたり摩擦力を入れてみたりしてもあまりうまくいかなかった。物理モデル自体がイマイチなのかもしれないので、もし名案がある方は教えてください。

番外編 綾瀬はるか姐さんを工学でガチ論破する

 

 

こちらのCM、ご覧になったことはあるだろうか。

 

 

綾瀬はるか姐さんはおっしゃる。

「2.5 kgのおもりが、スイスイ持ち上がる!」

 

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そしてこの表情である。

 

なるほど、たしかにいかにも重そうな金属の塊がスイスイと持ち上がっている。

 

続いてパワフルタイプ。

「2.5 kgと3.5 kg、合わせて6 kg、これがスイスイ上がる!」

 

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うむ、たしかに、これまた見事にスイスイ上がっている。

 

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姐さん、ご満悦。

 

しかし。

 

ん?

 

一瞬、直観的に訪れた違和感は、またたく間に僕のエンジニア脳を刺激してしまう。

 

いやこれ、おかしくない?

 

おかしい。うん、おかしい。あれ、おかしくないのか……?いやいや、やっぱりおかしい!

姐さんがあまりにも良い表情をしているので危うく騙されるところだったが、どう考えてもこの装置で掃除機がパワフルだと主張するのはおかしいのである。

 

論破せねばならぬ。いくら姐さんがご満悦でも、研究者の端くれとしてエセ科学を放っておくわけにはいかぬ!!

 

 

こうなると居ても立ってもいられないので、今回は番外編として、工学の知識を使って姐さんをコテンパンに論破することにしよう。ただ、前回の記事とも絡む内容なのできっと良い演習問題になると思う。

 

ちなみにこのおもりスイスイ装置はお店で体験できるらしいが、実物を見るとすぐに答えが分かって面白くないので今回はこの動画に出てくる数秒間の映像情報と、ネットに落ちている情報、そして僕の精一杯の知恵だけを頼りに考察する。なんせ僕の専門である宇宙工学でも、宇宙機から得られるデータは常に限られた情報のみなのだ。少ない情報から最大限の考察を深めることこそ工学の醍醐味なのである(要するにドMなのです)。

 

皆さんも、是非どこがおかしいのか自分で少し考えてからこの先に進んでみてほしい。

 

 

 **********************

 

まず、今回のこのおもりスイスイ装置、動画を見る限り下の図のような構造になっていると思われる。

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密閉された箱の中に入った掃除機が装置内の空気を吸い上げ、それによっておもりがスイスイと持ち上がるという仕組みだ。おもりは透明な円筒の中に入っている(ように映像では見える)が、円筒と完全にぴったりくっついていると動けないので、若干のスキマがあると思われる。

 

さて掃除機をONにすると、装置内の気圧は下の図のようになるはずだ。

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掃除機によって空気が吸い出されるので、装置内の気圧はやや低くなる。ところが、おもりより下の空間だけは、スキマから少しずつしか空気が吸われないため、比較的高い気圧のまま維持される。その結果、おもりは高気圧側から低気圧側へ押されることになり、スイスイと持ち上がるという仕組みである。*2

「気圧差ぐらいで本当に持ち上がるの?」と疑問に思った方は前回の記事のこの絵を思い出してほしい。

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この図のように、地上での大気圧は手の平にお相撲さんが乗っているぐらいの力の大きさに相当するのだった。それに対して今回のおもりの重さはせいぜい手の平に数kg程度である。だから、おもりの上下の空間でほんの数%ぐらいの気圧差でも生じさせればおもりはスイスイと持ち上がってしまうのである。

 

 

さて。大まかな仕組みが分かったところで、なぜ僕がこの装置をインチキだと言っているのかを説明しよう。ここからは簡単な計算を交える。流れが分かればいいので、細かい数字は読み飛ばしてもらっても構わない。

 

 

ここでは動画前半に出てくる、消費電力100 Wタイプの掃除機(MC-SB30J)で2.5 kgのおもりを持ち上げている実験について考えよう。

まず、掃除機の能力は一般的に

吸込仕事率 = 消費電力×仕事効率 = 真空度合い×排気量

で計算される吸込仕事率によって決まる。そこで、製品ウェブサイトの吸込仕事率の欄を見てみると……

 

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なぜかここだけ空欄になっている。

奴らめ、情報開示せず逃げ切るつもりか。そうはさせんぞ。仕方ないので他社の掃除機の値を参考にして、仕事効率20 %、真空度20 kPaと仮定して議論を進めよう。*3この時、吸込仕事率は100 [W]×0.2 = 20 [W]と見積もれて、掃除機の排気量は

20 [W]÷(20×103 [Pa]) = 1 [L/s]、つまり毎秒1リットル排気すると思われる。

 

 

次に、2.5 kgのおもりを持ち上げるのにどの程度の気圧差を生み出す必要があるか計算しよう。

動画を見ると、おもりのサイズは姐さんの片手に収まっているので、直径は10 cm (半径5 cm)と見積もれる。この時、断面積は5×5×3.14 = 78.5 cm2である。おもり上下の気圧差が、

気圧差×断面積 = おもりにかかる重力 = おもりの質量×重力加速度

となると、気圧差が重力に打ち勝っておもりは上に動き始める。

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この時の気圧差を計算すると、2.5[kg]×9.8[m/s2]÷(78.5×10-4[m2]) ≒ 3 [kPa] となる。*4

 

 

では、この気圧差3 kPaを掃除機が維持できるための条件を求めよう。おもりの脇の細いスキマを気体が流れる量は、流体力学の関係式から次の図中の赤で書いた式のように求められる。*5

 

f:id:AllAstroDream:20191227034437p:plain *6

 

スキマを流れる気体の量Qよりも掃除機の排気量1 L/sの方が大きい時、つまりスキマから入ってくる空気の量よりも多く掃除機が排気できる時、掃除機はその圧力差を維持できることになる。これを満たすスキマをスマホの電卓などで計算するとx = 0.047 [mm] となる。つまり直径に換算すると約0.1 mmの差だけ、円筒よりもおもりの方が径が小さく作られていることになる。0.1 mmというとかなりの精度に思えるかもしれないが、機械加工の世界で言うと実は大した精度ではないので、ここまでの計算結果はある程度妥当だと思われる(専門的にはランクDの寸法公差に相当する)。

 

 

では、論破しよう。

これまでの計算で分かったように、要するにこの装置で「どれだけおもりがスイスイ上がるか」は、掃除機の排気量(つまり掃除機のパワー)と、おもりと円筒の間のスキマとの関係で決まる。逆に言うと、掃除機がどれだけパワフルであったところで、スイスイ持ち上がるかどうかはスキマの条件に依存してしまうのである。もちろん、同じスキマの条件で比べれば相対的な比較はできるので、「2.5 kg持ち上げる掃除機」と「6 kg持ち上げる掃除機」では後者の方がパワフルだという主張は正しいが、他社の掃除機での結果と比較せずに

「ほら、うちの掃除機こんなの持ち上げられるの凄いでしょ!」

と言ったところで、何の意味もないのである。そもそもおもりを持ち上げているのはあくまで大気であって、掃除機が直接おもりを持ち上げているわけではないのだ。

 

 

さらに追い打ちをかけよう。

実はこの装置、温度を下げるとあたかも掃除機のパワーが増したかのように見せることができるハイパーインチキモードを備えている。これには材料の熱膨張を考える必要がある。

まず透明な円筒は、ガラスだと店頭に置くには危ないのと加工が大変なので、アクリル製だと思われる。アクリルの熱膨張係数は0.007 [%/℃]、つまり温度が1度上がると0.007 %だけ伸び、1度下がると0.007 %縮むことになる。一方おもりの材料については何らかの金属だろう。直径10 cm、高さ15 cmと仮定すると密度は2 g/cm3ぐらいなので、恐らくアルミ製だと思われる。アルミの熱膨張係数は0.0023 [%/℃]、アクリルよりも膨張率は低い。*7

 

では、この装置を屋外で使ってみたとしよう。この時期の屋外は室内よりも20度ぐらい気温が低い。この時、外側の円筒の方が内側のおもりよりもたくさん縮むので、結果的にスキマはより小さくなる。

 

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実際に温度差20度で半径5 cmの円筒のスキマがどれだけ小さくなるか計算すると、

5 [cm]×(0.007-0.0023 [%/℃])×20 [℃] = 0.047 [mm]

もともとのスキマは0.047 mm だったので、縮んだ後のスキマはほぼゼロになる。するとスキマから入ってくる空気がより少なくなり、室内で使っていた時よりも気圧差はさらに大きくなって、よりパワフルに持ち上がる(ようにあたかも見える)ことだろう。ただしこのインチキモード、調子に乗って温度を下げすぎるとスキマが完全になくなっておもりが全く動かなくなるので注意が必要だ。*8

 

ともかく、このようなちょっとしたスキマの条件の違いでおもりの持ち上がり方が変わってしまうようなヘンテコな装置を用いて「ほら、こんなにスイスイ持ち上がっているでしょ!」と言われても何の証明にもならないのである。結局、いかにこの装置がスキマとおもりの重さを絶妙に調整しているかを示しているに過ぎないのだ。

2.5 kgとかいう、いかにも物理的に意味ありげな数字だけれど、2.5 kgという数字は掃除機の性能だけで決まる数字は無いので、別に大した意味は無いのだ。おうちにあるあらゆる2.5 kg以下のものが持ち上げられてしまうわけでは決してないので安心してほしい。どうしても数字を見せられると人間って勝手に勘違いして解釈してしまうよね。それにしてもパナソニックさん、上手な宣伝だなあ。

 

 

さて、今回はこんなもんにしておこう。なかなか有意義な演習問題になったと思う。まだ僕も実物の装置を見ていないので、電気屋さんに行って確かめてみようと思う。もし、実物を見て何か僕の間違いや面白いこと、さらなる隠されたインチキに気づいたら追記するかもしれない。

 

あ、最後にもう1つだけ言わせてください。

 

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安全靴を履いてください。

3.5 kgの金属の塊がこの高さから足に落ちたら確実に骨折します

最近はレディース安全靴なるかわいらしいものもあるみたいだ。↓

女性用安全靴の選び方 - ≪公式≫レディース安全靴専門店|ワークストリート

 

せっかくの綺麗な足なんだから大事にしてね、姐さん。

 

 

 

追記 2019.12.28

実は、記事執筆直後さっそく電気屋さんに行って体験してきました。ほとんど僕の推理は当たっていたようですが、一部間違っていた部分や新しい発見もあったのでまた続編を書こうと思います。 書きました。↓

番外編 続・綾瀬はるか姐さんを工学でガチ論破する - コンパスは月を指す

 

*1:画像クレジット:YouTubeより(他の同様の画像も同じ)

*2:円筒の下端が閉じているか開いているかは動画からは見て取れないが重要なポイントである。どちらにしろ気圧差ができればおもりは持ち上がるが、開いている方が常に高圧側が大気圧に保たれるので有利ではある。

*3:株式会社マキタ 総合カタログ

*4:ちなみに3kPaの圧力差ができるまでに何秒かかるかも概算できる。映像情報から適当に寸法を見積もって装置内の容積を概算すると約15 Lとなる。もし大気圧100 kPaから掃除機の真空度20 kPaまで一定の速度で気圧が落ちると仮定すると、1秒間に5.3 kPa減圧されることになる。動画では掃除機のスイッチを入れてから1秒以内に持ち上がっているように見えるので、妥当だろう。ただし、実際には装置内の気圧が低くなると排気量も減ってくると思われるので、一定のペースで減圧するという仮定はやや雑である。

*5:オリフィス流れについて http://skomo.o.oo7.jp/f28/hp28_58.htm

*6:圧力はどちらも大気圧からあまり変わらないと考えて、密度は一定と仮定した。厳密には密度は圧力によって変化するのでもう少しややこしくなる。

*7:設計データ | 技術情報 | 住化アクリル販売株式会社

*8:ここの議論はやや大げさかもしれないが、構造力学の良い練習問題なので載せた。実際には円筒の両端はおそらく金属など膨張の少ない材料で固定されているので、これほど劇的に径が変わることは無いかもしれない。いずれにせよ、この例のようにスキマのちょっとした条件で見え方が変わるということを言いたいのである。

第5回 真空がこわいですか?

 

ぎゅわわーーーん、ぎゅわわわわーーーーん、ぎゅわーーーんんんんん

 

少年は、興奮していた。背骨の芯がゾクゾクと歓喜に打ち震え、その振動が一直線に脳みそまで伝わり共振するのを感じていた。ガシャガシャとできるだけ乱暴に弦をかき鳴らすと、そこにはあのジミヘンの、フルシアンテの、カート・コバーンの、アベフトシの、マーシーの、坂本慎太郎の、吉野寿の魂が現れ、少年の魂に乗り移った。彼が初めて購入したそのマルチエフェクターは変幻自在に音色を変え、8,000円の激安ギターをもレジェンドたちのギターサウンドに変身させてしまう魔法のおもちゃであった。

一通り雑にいじり倒したあと、ようやく少年が説明書を真面目に読み始めるとそこには驚きの事実が書かれていた。

 

「このエフェクターには真空管が搭載されています」

 

よく見るとエフェクターの隙間から小さなガラス瓶のようなものが覗いていた。

え、真空管?真空管ってことは……真空なんだよね?真空ってことは……宇宙?え、宇宙なの?

説明書は続く。

 

「真空管は割れやすいため、強い衝撃等を与えないようご注意ください」

 

え、割れんのこれ?え……?これ真空なんでしょ。宇宙でしょ。割れんの?爆発……?ビッグバン!?……いや真空ってことは逆に割れた瞬間にあらゆるものが吸い込まれるのか……?ブラックホール!?え!?

 

哀れ少年、彼の全おこづかいをはたいて購入した魔法のおもちゃは、今やブラックホール内蔵爆弾へと姿を変えてしまった。なんだか急にこわくなって乱暴に弦をかき鳴らすのをやめると、いつの間にかジミヘンたち御一行もどこかへ帰ってしまったのだった。

 

 

 

 

 

僕が宇宙工学の研究をしていると言うと、結構な確率で

「宇宙、なんとなくこわいんだよね」

と言われる。聞くと理由は様々なのだが、その中には「真空ってなんか得体が知れなくてこわいんだよね……」と言う人が実は結構いる。無の世界、闇の世界、全てを飲み込む世界、なんとなくそんなイメージを抱いているのだろう。

そして何を隠そう、かくいう僕も真空というものをなんとなくこわがっていた人間の一人だ。そう、冒頭の少年とは、ギターかぶれ少年であった高校の頃の僕である。高校生にもなって我ながら情けない勘違いだが、これでも当時は大真面目であった。真空というのはなんだか得体が知れず、こわいものだった。

せっかく宇宙に行ける時代が来ても、「なんとなくこわいから……」と逃げていてはあまりにもったいない。せっかくの「こわい」は「こわいもの見たさ」という好奇心に置き換えて、今回は真空についての正しい知識を得よう。

 

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若き日の哀れな僕

 

 

まずはじめに高校の頃の僕の大きな誤解を解いておくと、宇宙は真空だが真空は宇宙とは限らない。だから真空管の中は宇宙ではない。だからビッグバンも起こらない。まあ当たり前だけどね。でも、これだけ「真空こわい」と思っている人がいるのを見るとやはり真空=宇宙を連想する人が多いのだろう。真空、こわい、宇宙、こわい。ふむふむ、わかるよその気持ち。

 

 

たしかに、人間が真空状態に晒されるのはかなりこわい。爆発はしないまでも、口の中の水分や涙がみるみる沸騰*1したかと思えば、脳は酸欠になってあっという間に気絶するそうだ。やばすぎ。第2回の記事で、全裸で宇宙にでると寒いのか?について書いたが、実際にはおそらく暑い寒いを感じる前に干からびて気絶してしまうに違いない。全裸で宇宙に出た勇気だけは認めることにしよう。

 

 

ただ、実は人間が中に入るのでなければ真空というのはそんなにこわいものではない。

たとえば今あなたの目の前に壊れかけのガスボンベと壊れかけの真空管とついでに壊れかけのレディオがあった場合、真っ先にガスボンベから逃げた方がいい。

ガスボンベは大抵中の圧力が非常に高くなっているので、破裂すると猛スピードで破片が飛んでくる可能性がある。また、中の圧縮されたガスが一気に放出されると体積が何十倍にもなって部屋に充満し、酸欠になる恐れもある

一方壊れかけの真空管はというと、割れた瞬間に周りの空気が少し吸い込まれて終わりだ。猛スピードで破片が飛んでくることはない。また、よほどその部屋が完璧に密閉されていない限り、真空に吸い込まれた分の空気はすぐに外から供給されるので酸欠になることもない。

あと、壊れかけのレディオはさっさと徳永英明のところに持っていけばいい。

 

 

 

 

簡単な計算でもう少し実感を掴もう。

圧力の標準単位はPa(パスカル)という単位だが、あらいぐまみたいであんまりピンと来ないのでここではkgf/cm2という単位を使うことにする。1cm2(1平方センチメートル)に何kgのおもりが乗っている時の圧力ですか?というイメージしやすい単位だ。地上の大気圧はおよそ1 kg/cm2になる。

 

真空管は外からちょうど大気圧(1kg/cm2)で押されている。人間の両手の面積は大体10cm×10cm=100cm2なので、真空管にかかる圧力は体重100kgのお相撲さんに両手を踏まれている時の圧力となる。お相撲さんとのシュールな構図以外は、日常でもまああり得る光景だろう。

 

かたや、新品のガスボンベ*2の中の圧力は大体150 kg/cm2になっている。つまり、体重7,500kgのアフリカゾウ2頭に、片手ずつ踏まれている時の圧力だ。ただ踏まれているだけじゃなくて、全体重かけてきてるからね、2頭同時にまあそれはそれはとんでもない圧力である。ガスボンベが破裂した場合、このダブルエレファントパワーが一瞬で解放されることになる。それが目も当てられない大惨事となることは容易に想像できることだろう。

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お相撲さんが嬉しそうでなにより。

 

 

さてさて、真空はそんなにこわくないよ!と言うつもりが今度はガスボンベがこわくなってしまったかもしれない。不安を煽るのもよくないので今回はこのあたりで終わろう。家庭用のカセットコンロボンベなどはもっと低い圧力になっているし、普通は安全装置も入っているのでまあそんなに怖がらなくても大丈夫だ。真空も、最初に言ったように自分がそこに放り出されるのでなければそれほどこわいものではない。むやみにこわがるのではなく、本当にこわいものは何か?という判断力を持っておくことが大事なのだ。

 

 

*1:沸騰とは圧力と温度の関係で起こるものなので、沸騰しているからといって温度が高いとは限らない。常温であっても気圧が低くなれば沸騰は起こる。

*2:ここで言うガスボンベは工業用窒素など、中に気体だけが入っているボンベのこと。プロパンなどのガスボンベは中に液体も入っており、その蒸気圧に応じた圧力になっている。

補足 無重力状態か?無重量状態か?

 

この記事は第4回の記事の補足記事なので、まだ本編を読んでいない方は先にこちらから読んでほしい。

 

 

さて、第4回の記事を投稿した後、ある方から「無重力状態という言い方は間違いで、『無重量状態』と言わなければならない」というご意見をいただいた。

確かに第4回の記事で僕自身も言っている通り、この世界に物質がある限り無重力というのは絶対にあり得ないので、「無重力状態」という言葉もおかしいのでは、というご指摘だ。実際この「無重力状態vs無重量状態」の議論はあちこちで散々やられていて、「無重量状態」と言う方がより厳密だ!という結論でほぼ一致している。僕もこれには賛成だ。

 

 

にもかかわらず、第4回の記事ではあえて僕は無重力状態という言葉を使うことにした。理由の一つは、「無重力」と「無重量」は多くの場合ちゃんと区別がなされているのに対して「無重力状態」と「無重量状態」とは曖昧に使われている場面が多いからだ。多分、「~状態」という言い方がそもそも曖昧な表現なので、きちんと区別がしにくいのだと思う。重力でも重量でも、「見かけ上ゼロに見える状態」と言えばそんなに間違った表現とも言い切れないからだ。

そしてもう一つの理由は、そのように厳密な区別ができないなら「無重力状態」を使った方がこの記事の本質の部分をより多くの人に届けられると判断したからだ。つまり、「無重力状態と無重量状態、どちらが正しい言いまわしか?」というやや本質からそれる議論で字数を使って文章が間延びし、読んでいる方を飽きさせたり本質が埋もれたりしては意味が無いので、より一般的な読者の方に説明無しで受け入れてもらえる「無重力状態」という言葉を選択したのだ。もっとも、その議論を入れたぐらいで間延びしてしまうのはお前の文章力が無いからだ、と言われればそれはそうかもしれない。

 

 

 

僕のブログの役割は何だろう?ということを、第0回の記事を書いた時から意識している。今や宇宙に関する記事なんてネットで探すだけでも大量に見つかるのだから、「正しい宇宙の知識を提供する」という部分の価値は僕のブログでは低いと思っている。実際、僕が第1回~第4回で選んだトピックも新規性という意味では大した価値はない。それよりも僕のブログが担うべき役割は、宇宙について知識のないなるべく多くの人が抵抗なく読み切れ、本質を理解でき、それを元に自分で想像を膨らませることのできる知識材料を提供することだ。だから、時には多少厳密さを犠牲にしてでも、嘘をつかないギリギリのラインまで記事の読みにくさを下げる方が全体の価値としては高まるし、僕のブログの掲げている目標もより達成される。

実際、僕も言葉遣いは気にする方なので「厳密にはちょっと違うんだけどな……」と思いながらもそれをグッと堪えて、文章をすっきりさせる方を優先する判断をすることが多い。書こうと思えばいくらでも細かく書けるけど、それをすると価値がグンと下がってしまうのだ。

 

 

 

 

ところで「無重量」という言葉がより厳密だからといって、よく考えずに定義を曖昧にしたまま使っていると痛い目を見る。重量の定義は一般的に「重力の大きさ」と言われることが多いが、この定義だとやはり宇宙のどこに行っても重力が無くなることはないので、無重量はこの世にあり得ないことになる。僕が一番納得したのは五十嵐靖則先生の以下の記事だ。ここでは、重量を万有引力と慣性力の合力の大きさと定義している。こう言わないと無重量という言葉は正しくない。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/pesj/36/1/36_KJ00005895583/_pdf

 

「無重力」と「無重量」の区別を明確にしながらも、些細な言い回しの違いに囚われて本質を理解できなければ本末転倒だという意見もある(青野修先生)。これは僕の考えに近い。大事なのは「無重力状態と無重量状態、どちらが正しい言い回しか?」ではなくそこで起きている現象を正しく説明できることだ。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/pesj/53/4/53_KJ00005898155/_pdf/-char/ja

 

 

 

僕の記事ではこれからもこういった指摘をたくさんいただくと思う。だからと言ってブログの方針を変えることはせず、指摘がある度に議論でカバーしようと思っている。また、本文で端折ったら脚注でできるだけ補足しようと思う。これからも「無重力状態」や、場合によっては「無重力」という言葉を使う場面が出てくると思うが、もしこの先何年か経って一般の方の中で「無重量」の方が聞き馴染みがあるという人が増えればしれっと無重量という言葉に変える日が来るかもしれない。というか、そういう日が来てほしい。

僕の記事を元に議論が生まれることは素直に嬉しい。気になったことがあれば是非遠慮なく意見を下さい。

 

第4回 宇宙は無重力じゃないんですか?

 

ドンッという衝撃とともに最終段ロケットが切り離されると、突然妙な感覚に襲われた。

「あれ、どっちが上だっけ?」

確かに地球からずっと真上を向いてロケットに乗ってきたはずだが、お腹の底の浮遊感とともに急に自分がどちらを向いているか分からなくなった気がしたのだ。地球を飛び立ってから約10分後、船内は今まさに無重力状態になったところだ*1。先ほどまで隣で緊張した表情を浮かべていた小学生一年生の娘も、キラキラと目を輝かせてこっちを見ている。

「すごいね!浮いてるよ!なんかふわふわする!」

ふふふ、無邪気な我が子よ。ここは大人の余裕を見せつつ、ついでに理科のお勉強だ。

「ほんとだ、すごいねえ。そのふわふわのことを『むじゅうりょく』って言うんだよ。ロケットでいーっぱい加速して、地球のじゅうりょくから脱出してきたんだよ。」

へえ、そうなんだー。と適当な返事をしながら娘は窓の外に目をやった。娘の目線の先には青く輝く球体が窓枠の形に切り取られて浮かんでいる。ふと、またも無邪気に純粋に、娘はこんなことを言ってきた。

「あれ。でも、まだあんなに近くに地球あるよ。こんなにちょっと離れただけでじゅうりょくぜんぶ無くなっちゃうの?」

あれ。あれれ?確かに、まだ地球すぐそこにあるな。あれ。確かに、まだ重力あるはずだよな。あれ、でも今無重力だな。あれ、あれれれれ??

「えっと、うん、ああー、えっと、そうだね、、、ほら、ほら、、、そうだ、宇宙食何かなあ?ね、宇宙食楽しみだよね、、、ね!!」

 

 

 

せっかく高いお金だして宇宙旅行するんだから、ちゃんと説明して娘にカッコいいところ見せたいよね。

 

 

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なんでなんで攻撃

 

 

小学一年生の『なんで?』は無邪気で、純粋だ。先日もいとこの小学一年生の息子がイモムシを僕の手に乗せようとしてきたので、「イモムシ嫌いだからいやだよ!」と言うと、『なんで嫌いなの?』『なんで気持ち悪いの?』『なんで?面白いのに。なんで?』と、テツandトモばりの密度でなんでなんで攻撃を喰らわせてきた。たしかに、イモムシの動きをよく見ると意外に面白い動きをしていて可愛らしくも思えた。先入観で判断するのは良くない。

 

「宇宙イコール無重力」というのも先入観である。だって、宇宙空間に出たからといって地球の重力が無くなるわけではないのだ。国際宇宙ステーションのある高度400 km地点でも地上より少し弱くなるが、88 %ぐらいは重力がある。てか、なんならこの宇宙に無重力なんてものは絶対にあり得ない。どれだけ地球や太陽から遠く離れても、理論上重力が完全にゼロになることはないからだ。

宇宙は決して無重力ではない。にもかかわらず、確かに宇宙船では無重力状態を体験することができる。ではその無重力状態とは何なのか?

 

 

 

「宇宙ステーションは地球の周りをまわる遠心力と重力が釣り合っているから無重力状態なんだよ!」

という説明をよく見かける。間違ってはいないし一見分かりやすいけど、これだけでは微妙に説得力に欠ける。だって、飛行機の弾道飛行でも無重力状態は体験できるけど、弾道飛行では別に遠心力と重力は釣り合っていない。

「無重力状態というのは常に落下しつづけている状態なんだよ!」

という説明もよく見かけるが、やっぱりこれも微妙に説得力が足りない。だって、地球から月へ向かっている途中の宇宙船内でも無重力状態は体験できる。地球から月に向かって移動しているのに「落下しつづけている」と説明されてもいまいちピンとこない。

 

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僕が一番しっくり来ると思う無重力状態の説明は、「何にもぶつかっていない状態」だ*2

ちょっと待てい!わしゃあ今別に何にもぶつかってへんけど、無重力状態ちゃうで!と思ったそこの関西弁のあなた。

ぶつかってますよ、地球に。

そう、僕らが地上で重力の大きさや方向を認識できているのは、常に地球にぶつかりつづけているからだ。地球にぶつかって反作用として地球から押されつづけているからだ。僕らの身体は耳の奥の方にある三半規管などで自分の体にかかる力の情報を得ているが、それらは身体が何にもぶつかっていない状態では力を認識できないのだ。

 

 

地球をまわる宇宙ステーションや、月に向かっている宇宙船、弾道飛行している飛行機では、自分の体と機体にかかっている加速度が同じ、つまり自分の体と機体が全く同じ動きをすることになるのでぶつからないでいられるわけだ*3

「宇宙イコール無重力」だと思われがちなのは宇宙では重力が働かないからではない。宇宙に出れば空気も地面も無いので、ほとんど何にもぶつからないで飛びつづけられるからだ。

重力と遠心力が釣り合っているから無重力状態なわけではない。重力と遠心力が釣り合っているからずっと地面にぶつかることなく飛び続けられるというだけである。短い時間でよければわざわざ宇宙になんか行かなくても無重力状態は体験できる。実際、空気抵抗さえ無ければトランポリンとかでジャンプして浮いている間だって無重力状態は体験できるのである。

 

 

 

さてさて、ここまで話せば無重力状態に対する誤解もかなり解けただろう。もうこれで小学生の娘さんのなんでなんで攻撃にもちゃんと対応できる。では最後に、今回はクイズを出そうと思う。第0回でも述べたようにこのブログの目的はみんなに宇宙旅行を想像してもらうことにある。僕の話をふむふむと聞くだけでなく、ぜひこの話を材料に自分でいろいろと想像してみてほしい。ではクイーーズ。

 

冒頭の親御さんが、ロケットの噴射終了後に「あれ、どっちが上だっけ?」という感覚に襲われたのはなぜ?

 

ぜひぜひ、自分が宇宙船に乗っている場面を想像して考えてみてほしい。

 

 

 

*1:この記事では「無重力状態」という言葉を使ったが、「無重量状態」と言う方がより厳密だと思われる。詳細は補足 無重力状態か?無重量状態か? - コンパスは月を指すを読んでほしい。

*2:今回のように「何にもぶつかっていない状態」として定義した無重力状態は、無重力実験などを行う際の物理的な定義に近い。もし無重力状態を「人間が無重力だと認識している状態」と定義するならば、話はもっとややこしくなる。例えば高いところから落ちている時は(空気抵抗ゼロなら)何にもぶつかっていないけど「無重力だなあ」というよりも「高いところから落ちているなあ」という認識の方が近いだろう。また宇宙ステーションの壁にぶつかった時には当然「何かにぶつかっている状態」だが、それでも人間は無重力状態にいると認識するだろう。もっとも、このあたりの人間の認識の話になると認知科学とかの領域に入ってきてまたちょっと違う学問分野になってしまうので今はあまり踏み込まないことにする。

*3:厳密に言うと弾道飛行の飛行機では空気抵抗が働くので機体の方が少し遅い。なので実際にはエンジンを少しだけ噴いてその空気抵抗分を打ち消しているそうだ。

第3回 どうして僕は宇宙人なんですか?

 

無骨なエレベーターのドアがのっそりと開くと、あたり一面は灰色の大地だ。これから人生初の月面散歩に出かける。一歩一歩踏み出してみると、体重は地球より随分軽いはずなのに、宇宙服はゴワゴワしていて歩きづらく、軽快なんだけど窮屈なような、妙な感じがする。10分ぐらい歩くとようやく慣れてきて、辺りを見回す余裕も出てきた。無線から聞こえてくるツアーガイドの話もそっちのけで、ぼーっと景色を見ながら歩く。でもなぜだろう。歩くのには慣れてきたけどやっぱり妙な感じだ。太陽に照らされていて地面も明るいのに、空は夜みたいに真っ暗。地面に立っているのに宇宙にむき出しになっているようで、どうにも居心地が悪い。月の住人になったというよりは、宇宙人になったという感覚の方が強いような気がするのだ。

んんーー……。なんでだろう。なんで地球に立っている時には地球という星にいると思えるのに、月に立っている時には宇宙にいるという感覚の方が強いんだろう。うーーむ……。ツアーガイドさんに質問したかったけど、「どうして僕は宇宙人なんですか?」なんて聞いたらそのまま捕虜にされそうなので、なんとなくモヤモヤしたままツアーを終えたのだった。

 

 

さて、あなたはこの疑問にどう答えるだろうか。

 

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自我の目覚め

 

 

「宇宙服を着ていると外と隔離されているような感じがして、その星にいる気がしないんじゃない?」

たしかに宇宙服は断熱や防護のために相当ガチガチに守られているから、それも一理あるかもしれない。では火星ではどうだろうか。火星でも宇宙服を着なければ人間は生きていられないので、月と同じ条件だ。比較してみよう。まずは月の写真。これはお馴染みのNASAアポロミッションのものだ。

 

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月の昼間の様子 (Apollo 11 Image Gallery / NASA)

 うむ、やはり太陽が当たっていて昼間なのに空は真っ暗。月にいるのに宇宙空間にむき出しでいるような落ち着かなさがある。星条旗を突き立ててはみたものの、どうもイマイチ月を制圧した気がしないバズ・オルドリン飛行士の背中が心なしか不満げである。

 

では、火星はどうか。これは、キュリオシティ(長いので『キュリ男』と僕は呼ぶ)というNASAの火星探査ロボットの自撮り写真だ。

 

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火星の昼間の様子 (Mars Curiosity Image Gallery / NASA)

 ほほう、月と違って昼間の空は真っ暗じゃなく、うっすら赤みがかったなんとも火星らしい空が見えるではないか。宇宙にむき出しでいるという感じはしない。これならたとえ完全防御の宇宙服を着て立っていても、僕は今火星にいるぞ!という実感が持てそうだ。キュリ男も「マジ全力で火星なう、やばたにえん。」とでもつぶやきたげな、自信満々のカメラ目線である*1

 

 

 

 

実はこのような昼間の景色の決定的な違いを生んでいるのは大気である。

僕らの故郷地球でいうと、空が青いのも、夕焼けが赤いのも、もくもくと白い雲ができるのも、遠くの山が霞んで見えるのも、星がチラチラとまたたいて見えるのなんかも、全て大気による演出効果なのだ。ちなみに火星の大気は地球と組成が違うので、空は少し赤みがかったような色をした『赤空』で、逆になんと夕焼けは青い*2。夕焼け、焼けてない。夕醒め。

だから、「僕は今地球にいるぞ!」と言っているときの、その地球は『地球という空間』なのではなく『大気によって演出された宇宙空間』なのである。地球に降り立てばなんとなく地球という空間があると思ったら大間違いだ。もし大気が無ければ月と同様、地球に立っていても宇宙空間にむき出しの状態なのである。

 

 

 

そもそも、地球という空間と宇宙空間の境目なんてものは存在しない。国際的なきまりでは「高度100 kmより上が宇宙空間ね」なんて言っているが、あれは「100 kmなら空気もかなり薄いし、数字のキリも良いし、まあそういうことで」と決めているだけだ。たとえばアメリカ空軍は「わてらは高度80 km以上を宇宙空間と呼びまっせ」と言っていることからも便宜的な線引きに過ぎない。僕が今日から「高度2m以上を宇宙空間と呼びます!みなさんジャンプしたら宇宙に届きます!」と高らかに宣言しても、気が狂った奴だと決めつけてはいけない(気は狂っている)。

さて、こう考えると「僕は今地球にいるぞ!」とか「宇宙空間にやって来たぜ!」とか言っているのもよくよく思うとあんまり意味がないことだとわかる。僕らが地球だと思っている空間は大気がある空間というだけで、広い目で見れば宇宙空間に変わりはないのだ。

 

 

では、満を持して冒頭の宇宙人かもしれない彼の疑問に答えることにしよう。

「どうして僕は宇宙人なんですか?」

「心配しなくていい。君は地球にいる時から実は宇宙空間に住む宇宙人だったんだ。君が地球にいると思っていたのは大気による空間演出に騙されていただけなんだよ。かくいう私も宇宙人だ。今日ツアーに参加している人もみんな宇宙人だ。みんな我々の仲間だ。怖がらなくていい。さあ、我々の星へ帰ろう。」

 

よし、そろそろ本当に捕虜にされそうだ。今回はここで終わることにしよう。

 

*1:キュリオシティ通称キュリ男による火星の360度パノラマ映像。火星に立っている疑似体験ができて最高に楽しい。NASA's Curiosity Mars Rover at Namib Dune (360 view) - YouTube

*2:火星の夕焼けならぬ夕醒め。なんだか神秘的である。キュリ男の先輩のオポチュニティが撮影。What Does a Sunrise/Sunset Look Like on Mars? – NASA Solar System Exploration 

第2回 全裸で宇宙に出ると寒いんですか?

 

「やっぱ、全裸で宇宙に出ると寒いんですか?」

オープンキャンパスでいつぞやこんな質問をされたことがある。相手は中学生ぐらいの男子だった。なるほど、これは非常に興味深く、好奇心を刺激する質問である。

まず逆に聞きたい。未来ある少年よ、なぜそもそも全裸で宇宙に出ようと思った。毎朝7時に起きて朝練に行き、眠たい目をこすりながら授業を受け、給食当番で気になるあの子と同じ鍋を運びながらドキドキし、授業が終わったら誰よりも早くグラウンドに行って部活、下校時には友人とこっそり買い食いなんかしながら家に帰る、そんな青春を繰り返す中でいつ、どのタイミングで「全裸で宇宙に出る」という発想が生まれるのか。

そして、文頭の「やっぱ」が実はいい仕事をしている。この「やっぱ」を挟むことでその後に続く「全裸で宇宙」という圧倒的パワーワードをさらりと忍び込ませられている。それだけではない。「やっぱ」が音韻上「真っ裸(まっぱ)」を連想させることでなんと「全裸」の枕詞としても成立してしまっているのだ。「全裸」に枕詞があったことすら僕は知らなかった。間違いない、彼は天才中学生だ。

 

しかし感心している場合ではない。繰り返すがこれは実に興味深く、好奇心を刺激する質問だ。第0回でも述べたが、僕らが宇宙旅行に行くために今必要なのは想像力。想像には好奇心だけでなく知識も必要だ。というわけで今回は天才中学生の疑問に答えつつ宇宙での暑い/寒いに関する知識を身に付けよう。

 

 

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中学生は宙を飛ぶ

 

 

まず、宇宙での暑い/寒いを考える時に見落としがちな大前提を一つ。

そもそも宇宙空間には暑いも寒いも無い。

僕らは普段、「この部屋は寒い」とか「電車の中は暑い」「日陰は涼しい」という感じでその空間自体を暑い、寒いと言うのが日常的な感覚だけど、あれは「その空間にある空気が暑い、寒い」というように気温が高いか低いかの話をしているだけだ。宇宙にはそもそも空気が無いので気温という概念が存在しない。だから、「宇宙空間は寒いんですか?」という質問は意味をなさない。宇宙空間自体には暑いも寒いも無いのだ。

 

 

 

じゃあ全裸で宇宙に出た天才中学生は何をもって暑い、寒いを判断するのか。それには、熱のやり取りを考える必要がある。入ってくる熱と出ていく熱がちょうどつり合う時の体温が、平熱 (36℃) より高ければ暑い、低ければ寒いということになる。

 

簡単な計算をしてみよう。熱のやり取りはざっくり4種類考えればいい。

  1. 熱伝導 – 直接触れているものとの熱のやり取り(例:鉄板を触ると死ぬほど熱をもらう)
  2. 対流 – 気体や液体との熱のやり取り(例:冷房を浴びると熱を奪われる)
  3. 放射 – 電磁波(光とか)での熱のやり取り(例:日光にあたると熱をもらう)
  4. 発熱 – 化学反応などで発生する熱(例:人間の体内での発熱)

 

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4種類の熱のやりとり

 

このうち、宇宙で全裸でいる時には何にも触れていないし空気もないので3と4だけ考えればOK。それから、「全裸で宇宙に行く」というようなクレイジーな発想はおそらく中2病の初期症状だと推測できる。よって天才中学生は平均的な中2男子(164cm, 53kg)*1を想定する。以下では意外に簡単に計算できそうだと実感してもらうことが大事なので、細かい数字や単位はまあ気にしなくていい。

3. 放射:地球の近くにいるとすると、主な熱源としては太陽、地球を考えればいいだろう。それから自分自身から出ていく放射も忘れずに。

  • 太陽の放射 → 平均的な中2男子の体の表面積は約1.57平方メートルだそうだ*2。太陽が当たるのはオモテ面だけなので、1.57÷2=0.785平方メートルが太陽に当たる。太陽からの放射熱は地球付近だと1平方メートルあたり1,366ワット。だから中学生は1,366×0.785=1,072ワットの熱を太陽から受ける。
  • 地球の放射 → 地球のすぐ近くで全裸でいると他の宇宙旅行者に変態呼ばわりされる危険がある。地球からは隠れたところにいるとして、地球から受ける放射熱は0ワットとしよう。
  • 自分の放射 → 自分自身の体温をTとすると、自分自身から出ていく放射熱は0.000000089×(Tの4乗)ワットと計算できる*3

4. 発熱

そもそも全裸でいると呼吸できなくて死ぬから体内での発熱はできないけど、まあ天才中学生ならそのくらいのことは出来るとしよう。それから、体温が変わると体内の発熱量が変わったり汗での体温調節が起こるはずだが、天才は時に大胆な仮定を置くことも辞さない。ここでは常に一定の発熱が起こっていると仮定しよう。平均中2男子の基礎代謝は1,506キロカロリーだそうで*4、これは73ワットの発熱に相当する。

 

まとめると、

  • 入ってくる熱:1,072+0+73=1145ワット
  • 出ていく熱:0.000000089×(Tの4乗)ワット

なので、これがつり合う時の体温Tをエクセルやスマホ電卓などでパチパチ計算してみると、天才中学生の体温はなんと63.6℃となる。くそ熱い。

 

 

ただ、繰り返しになるがこれは宇宙空間自体の温度ではない。あくまで宇宙で全裸の中2男子が太陽に当たっている時にどういう温度になるかを計算しただけだ。太陽にあたっていない場合の体温を同じように計算すると、マイナス103.9℃となる。くそ寒い。

 

結論として、「やっぱ、全裸で宇宙に出ると寒いんですか?」の質問に真面目に答えるならば

「条件によってめちゃめちゃ変わる」

ということになるだろう*5。結論自体はなんだかはっきりしない感じだが、これで宇宙で暑い/寒いを考えるのがどういうことなのかイメージが湧いたと思う。実に良い質問だった。ありがとう、天才中学生。

 

 

*1:

子供の平均身長と平均体重 - 高精度計算サイト

*2:体表面積の計算表から平均を取った

http://www.pharm.kumamoto-u.ac.jp/Labs/clpharm/database/docs/jinfuzen04.pdf

*3:黒体だとしてステファン・ボルツマンの法則より。詳しい解説はたとえば

EMANの物理学・統計力学・ステファン・ボルツマンの法則

とか

*4:

基礎代謝量 - 高精度計算サイト

*5:今回は中学生の体内は全て同じ温度としたが、実際は太陽の当たっている面だけくそ熱くて、裏面はくそ寒いということになるだろうから、やはり一概に暑い/寒いとは言えない。

第1回 はやぶさ2はすごいんですか?

まさかとは思うけれど、「はやぶさ2なんか知らなくたって宇宙旅行には行けるよ」とお思いだろうか。

 

まあちょっと想像してほしい。人生初の宇宙旅行。社会人1年目から少しずつお金を貯め、ボーナスも贅沢に使わず、やっとの思いで子供のころからの念願を果たす時が来た。ドキドキしながら窓側の席に座ると、隣の席にはアメリカ人の陽気なおっちゃんが座った。日本のロケットは小ぶりながら信頼性が高く、このようにわざわざ外国人が乗りに来ることも珍しくないのだ。これまで味わったことのない環境での3日間の閉鎖空間の旅。みんな話し相手が欲しいのか自然と他人同士の間にも会話が生まれ始める。そうこうしているとほら、隣のおっちゃんが話しかけてきた。

「なあ、あんたジャパニーズだろ?ジャパンの宇宙開発もなかなかすげえよな!特に昔のはやぶさ2ってやつはありゃあ興奮したよ。ド肝抜かれて危うくレバ刺しにされるとこだったぜ、ハッハッハ!なあ、はやぶさ2のすごいところもっと俺に教えてくれよ!」

さて、あなたは日本が世界に誇る宇宙探査ミッションのことをきちんと自慢できるだろうか。

「アー、イエス!サンキュー、、、ハヤブサツーは、ナンカメッチャ、、、トテツモナイ、、、、、」

 

宇宙に行くなら、はやぶさ2のすごさぐらい知っていないとね。

 

 

 

 

 

 

さて、去年あたりからニュースでは色々と「すごいぞ、はやぶさ2!」と騒がれているけれど、多くの人にはぶっちゃけ何がすごいのかきちんと伝わっていないと思う。

たとえば去年6月に小惑星に到着した時、我が家の父ちゃんは

「はやぶさ2、32億キロの長旅だって。すげえなあ。(目キラキラ)」

と田舎育ちならではの素朴な感想を言っていたけれど、この「32億キロ」という数字はなんとなく壮大なスケール感を伝えているだけで、ぶっちゃけ大した意味はない。宇宙には空気抵抗も摩擦も無いから、一度加速すればほっといても物体は進み続ける。うちの父ちゃんだって、宇宙ステーションから室伏広治選手に投げてもらえば寝てるだけで32億キロの旅が出来るわけだ。

 

 

ニュースにはバイアスもかかる。隣のアメリカ人のおっちゃんをなんとかギャフンと言わせてレバ刺しにしたいあなたは、いつか見たニュースの記憶を頼りに

「ハヤブサツーは、セカイ初のジンコウクレーターつくっタ!スゲーだろ!」

とドヤ顔をしたとする。しかしこういうことを言うと「Oh……世界初の人工クレーター形成はNASAのDeep Impactだぜ、ジャパニーズ。そんなことも知らないのか。」と逆レバ刺しにされてしまうので気を付けた方がいい。ニュースでは、とにかく自分の国が世界初!と書きたがるのでどこがどう世界初なのかきちんと説明できないと、宇宙旅行に行ってまで恥をかくことになる。

 

 

 

では、何がすごいのか。小惑星着陸やクレーター生成など個々のミッションに目を向けがちだが、僕が思うはやぶさ2の本当のすごさはその器用さと大胆さの総合力にあると思う。色々なことをこなすテクい奴ながらパンクロック精神も備えているのだ

 

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僕のはやぶさ2のイメージ

 

実は日本の宇宙開発で使えるお金はアメリカのたった1/10しかない。お小遣いが毎月千円の人と1万円の人では生き方自体が変わってくるように、日本とアメリカではそもそもの宇宙開発への姿勢が異なる。はやぶさ2と、通称アメリカ版はやぶさ2のOSIRIS-RExとの全体重量、主な機器、サンプル採取量を比較すると、特徴が見えてくる。

 

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はやぶさ2とOSIRIS-RExの比較

 

あれ、なんかはやぶさ2、機器積みすぎじゃね?そしてその割に全体重量は圧倒的に軽い。一体どうなっているんだ。

 

実ははやぶさ2はそれぞれの機能を最小限にして、あとは技術で補おうぜ、という方針を随所に取っている。

例えばクレーター生成装置(時限爆弾の銃)は、どこを狙うかを自分で調整する機能を持っていない。室伏選手に投げられた父ちゃんと同様、投げられたらあとは流れに身を任せるしかない。小型分離カメラも同様だ。したがって、それらはかなり慎重に宇宙空間に配置する必要がある。一度ずれると修正不可能なのだ。

考えてもみてほしい。はやぶさ2との通信時間は往復30分以上かかる。地球から手動で操作するのでは間に合わないので、爆弾をそっと置いて & カメラをそっと置いて & 爆発に巻き込まれないよう自分自身は小惑星の影に隠れて、という一連の流れを全自動で行うのだ。逃げ切れなかったり狙いがずれたり何かミスが起こったとしてももはや手遅れ、最悪の場合世界初の全自動自爆探査機が爆誕することになる。このリスクを知っていてもなお成功の可能性に賭け、削減した重量でさらに計4機もの小型ローバー/着陸機を積むことを選んでいる。ここに開発チームの相当な覚悟を感じずにはいられない。

そして先日、彼らはそれらすべてを完璧に成功させたのだ。果たしてこの凄さを誇りに思えている日本人はどれだけいるのだろうか。

 

 

 

 

実はこの「詰め込み設計」には批判もある。いやなんならほんの10年前まで相当ディスられていた。

1998年に打ち上げられた日本初の火星探査機「のぞみ」は数々の不具合を起こし、失敗に終わった。原因はいくつかあったが、根本的な原因は「詰め込み設計」だと批判された。はやぶさ2と同じぐらいのサイズの機体に14種類もの機器を積んでいたのだ。

あの初代はやぶさだって、今でこそヒーローのように扱われているが、多数の機器の故障を経験し、着陸に失敗し、挙句の果てに行方不明になった当時は相当な批判を受けていた。

 

ついでにもう一つ、これもよくあるディスだが、そもそも日本がそんなに頑張って宇宙探査やる必要あんの?という批判だ。さきほどの比較表でも分かる通り、アメリカは3倍以上の重さの機体を打ち上げ、盤石な態勢で日本の600倍の砂を採取する計画だ。カメラや分光計なども当然アメリカの方が高性能なものを積む重量余裕がある。アメリカのようにお金をかけるべきところにきちんとかけて確実に成果をあげるのが真っ当なやり方で、低予算で工夫しながらチマチマやっても結局意味がないということだろう。

 

 

うーん、なるほどなあ。

しかしそれでもなお、はやぶさ2は機器の重量を絞り、多彩な機器を載せて自分たちのやり方を貫くことを選んだ。これに対して色々と理由は付けられるだろうが、根っこにあるのはやはり「パンクロック精神」ではないかと僕は思っている。予算が少ないからNASAのミニチュア版のことだけをやる、という気持ちでいると確かにいくらチマチマ頑張ったとて永遠に2位以下のままだ。1位を取るためにはどんだけディスられようとも詰め込み詰め込み、得られる成果を最大化する。そしてあらゆる失敗を覚悟する。パンクロック精神とは、よく反政府主義だと思われているが、DIY(Do It Yourself)主義という視点もある。「力を持っているやつなんかには頼らずに俺は俺で勝手にやるからな!ファックユー!」という主張だ。はやぶさ2のこの設計思想をパンクロック精神と言わずしてなんと言おうか*1

 

 

 

さて、ここまで言えたらもう隣のおっちゃんも「ブラボーだ……ジャパニーズ……お前らかっこいいぜ」と尊敬のまなざしを向けているに違いない。最後にもう一つ、マニアックな話をしておっちゃんを完全に手玉に取ろう。

宇宙機は自分がどちらを向くかを制御するために、リアクションホイールという回転円盤を中に搭載している。その回転速度を変えることで自分の向きをコントロールするものだ。はやぶさ2は4個のリアクションホイールを載せているが、下図の左のように普通ならば1個を予備として斜めに配置するのが常識だ。斜めにしておけばどれかが壊れてもまんべんなく対応できる。しかしはやぶさ2は下図の右のように予備の1個をz軸に重ねている*2。これではもしx, y軸のものが壊れた時に全く対応できないことになる。なぜわざわざこんな危ないことをするのか?

 

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リアクションホイールの載せ方(左:通常、右:はやぶさ2)

 

実はこれ、初代はやぶさやソーラーセイル実証機IKAROSで確立した制御技術を応用した、通称「ソーラーセイルモード」を行うためにこうなっている*3。ネットなどの情報では、3つのリアクションホイールを温存させるためと涼しく書いているが、僕にはどうも、「自分たちが最先端であるためならあえてリスクを取る」というパンクロック精神がその裏には透けて見えてしまうのだ。

 

 

さて、僕の専門分野と近いこともあって第1回の記事は少々熱が入ってしまった。もうおっちゃんもレバ刺しどころかあまりの熱量にレバニラになっていることだろう。ここまで語ることができればもう旅先で恥をかくことはない。堂々と自国の宇宙探査に誇りを持って自慢しよう。

 

 

*1:はやぶさプロジェクトサイト トップ←元初代はやぶさプロジェクトマネージャーの川口淳一郎氏の『はやぶさ後継機に関する予算の状況について』という記事。はやぶさ2予算の削減について、日本の宇宙探査を強烈にリードしてきたからこその非常に説得力のある抗議文がある。パンクロック精神の最たるもの。

*2:正確には、重ねているというより横に並べているよう。この絵では向きを分かりやすくするためにあえて重ねて書いた。TCMの加速を確実にする姿勢制御系 | こちら「はやぶさ2」運用室 | JAXA はやぶさ2プロジェクト

*3:詳しくはOWC運用(ソーラーセイルモード)始めました | こちら「はやぶさ2」運用室 | JAXA はやぶさ2プロジェクト

第0回 僕は宇宙に行けますか?

1969年7月21日、人類が初めて地球外の大地に足を踏み入れた。NHKの生中継の視聴率は68%を記録し、実に世界中で6億人以上がブラウン管テレビに映し出される歴史的快挙を食い入るように見つめた。極めて粗い画質の中を白いぼやっとした光がゆっくりゆっくりと下っていき、やがて、降り立った。人類にとってあまりにも偉大な一歩である。「もうすぐみんなが宇宙に行ける時代が来る」、「将来はきっと私も地球の外で生活するんだ」、そんな未来を数億人もの人が想像したに違いない。そこには無限の想像力があった。

 

 

アポロ11号の月面着陸から、今年で50年が経とうとしている。

僕はちょうど24時間営業のスーパーで買ってきた半額メンチカツにぽてぽてとソースを垂らしたところだ。はてさてどういうわけか、2019年の僕はいまだに宇宙に行けていない。というか行ける目処も全く無い。50年前人類が確かに手中に収めたはずの月はいつの間にかするりと手の隙間から逃げ、38万km彼方に帰っていった。みんな「宇宙にはロマンがあるよねえ」なんて他人事のようにつぶやきながら、今日も地球の重力にとらわれて生活を送っている。メンチカツをぽそぽそとかじる。しなしなの衣をまとった彼は肉汁という概念をどこかに置き忘れたらしく、口の中の水分をかき集めながら申し訳なさそうに喉を通り過ぎていった。今夜は月が見えない。うっすらとかかった雲だけが、空と僕との距離をやけに正しく映していて、なんだか少し腹が立った。

 

 

現在、開発中の物を除けば人間を宇宙に運ぶことのできるロケットはロシアのソユーズのみだ。ソユーズの打ち上げは年に4回ほど。一回に2~3人しか乗れないので年間で10人程度の宇宙飛行士しか宇宙に行けない。そもそも宇宙飛行士になるには、日本では10年に1回あるかないかの極めて不定期な宇宙飛行士選抜試験を受け、何百倍もの倍率の試験を通過しなければならない。合格者は1~3人。求められる人材は国際的な情勢に大きく左右されるので試験対策は難しい。もしくは旅行として宇宙に行きたければ、それはそれは相当な大金持ちになる必要がある。ちなみにZOZOの前澤社長が買ったチケットは1席100億円ぐらいだそうだ。今日から毎日コツコツと500円玉貯金をしていっても、西暦56814年にならないと宇宙には行けない。

 

 

半額しなしなメンチカツを強引にお茶で流し込み、天井を見上げる。蛍光灯の内側の輪っかだけ切れていて、金環日食みたいだ。どうやったら僕は生きているうちに宇宙に行けるのだろうか。どうやったらあの50年前の熱狂は、再びみんなの中に沸き起こるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

「俺は、お前が宇宙からの生中継で『地球のみなさ~~ん、こんにちは~~』なんて言いながら手を振っている姿、想像できるよ。ほら、人間が想像できることって実現できるって言うじゃん。俺は想像できる。だから、お前宇宙行けるよ。」

2年半前に僕が大切な友人からもらった言葉だ。彼はそんな、脇腹がちょっぴりむずがゆくなるようなセリフを、一切の迷いなく大真面目に僕に語ってくれた。江古田の小さな焼き鳥屋の隅っこで、その時僕はたしかに宇宙のしっぽを掴まえたような気がしたのだった。

 

 

 

 

 

 

さて、このブログはひとつの質問から始めようと思う。

あなたは、自分が生きている間に宇宙に行けると思いますか?

 

 

ちょっと想像してみてほしい。1日30本以上の月への定期便。価格は1席100万円前後で、ちょっとお高いファーストクラスでヨーロッパ旅行に行くぐらい。しょっちゅう行くのは無理だけど、一生に一回ぐらいならその気になれば行ける。訓練は特に受ける必要は無い。飛行機のようにプロのパイロットが2人体制できちんと操縦してくれるので、私服のまま乗り込んで座って待つだけ。離陸の瞬間はすさまじい音と振動でさすがにちょっと不安になるけど、10分もすればあっという間に宇宙空間に出る。船内は意外に空調の音とか隣のおばちゃんの声とかがうるさくてちょっと興醒めするかもしれないけど、そこはまあご愛嬌。そこから約3日間の月への旅の間は、息を呑むような星空を眺めたり、シートベルト着用サインが消えている間はふわふわと無重力状態を体験して、調子に乗って宇宙酔いしちゃったり。機内食は飛行機で出るのとあまり変わらないので、昔の流動食のようなまずい宇宙食を食べることはない。ひととおり楽しんで暇になったら映画を観たり音楽を聴いたりゲームをしたりして、ゆったりと過ごす。有料だけどWi-Fiも完備されていて、家族や友人に「星空くそえぐい」とか「トイレすんのまじむずいんだけど」とか「さすがに温かいシャワー恋しすぎる」とかTwitterで実況できる。2日目には宇宙船の旅にも慣れてきて、船内後方の窓から見える地球がどんどん小さくなっていくと、自分がどこか違う星から来た宇宙人になったような気分がしたり、逆に目的地の月はどんどん大きくなってきて、一面灰色のぼこぼこした大地は地味な色だけどそれが逆に神秘的なオーラを放って見えてくる。長旅の末ようやく月に着陸すると、窓の外には遠隔操作の作業ロボットがせっせと積み荷を運んでいて、かわいらしい。着いたらすぐ月の地下洞窟にあるホテルでひと休み。レンタル宇宙服で月面散歩したり、地球を手のひらに乗せている写真を撮ってみたり、月面探検ツアーでは今も置き去りにされているアポロ11号の着陸船やすっかり色落ちしたアメリカの星条旗を見られる。絶対に外しちゃいけないのが、日の出ならぬ地球の出を見るツアー。いつも見るのよりも少し丸みを帯びた地平線から、嘘みたいに鮮やかな青色の惑星がぬうっと現れるその感動は、間違いなく一生忘れられない思い出になる。ここ月面では今日もホテルマンや、作業員、料理人、清掃員、ツアーガイド、パイロット、たくさんの人が生活していて、新たな仕事や産業が生まれている。国民総宇宙旅行時代だ。

 

 

じゃあ、質問を少し変えよう。

あなたは、自分が生きている間に宇宙に行っている姿を想像できますか?

 

想像できた?ほら、人間が想像できることって実現できるって言うじゃん。遠い未来じゃない。必ず来る未来だ。僕は本気で想像している。「宇宙にはロマンがあるよねえ」とか他人事のように言って目を背けている場合じゃない。

 

 

 

このブログは、来たる国民総宇宙旅行時代の実現に向けてあなたの想像力を全力でかきたてるためのものだ。想像を膨らませるにはある程度の知識や好奇心が必要なので、宇宙工学を研究している僕が宇宙旅行をするにあたって必要だと思う知識や、これはおもしろいぞ!と思う宇宙の話を提供する。けれど、例えばこれはコンパスのようなものだと思ってほしい。正しい方向がどちらかを示すだけだ。このブログを読んで、「へえー、やっぱり宇宙には夢があるんだなあ(鼻ほじほじ)」なんて呑気に言っているうちは、残念ながら絶対に生きているうちに宇宙に行くことなんかできない。思う存分想像してほしい。コンパスの針は今、月を指すように調整してある。少しずつ、少しずつ、想像の枠を広げていこう。正しい知識と好奇心の上に成り立つ想像は僕らの体をまっすぐに目的地に導いてくれる。

 

 

 

でもまあ、そう硬くならずに肩の力抜いてね。僕も楽しみながら書いていこうと思う。じゃ、はじめますよ。

 

 

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追記

この記事を書いた後で、NASAで働く小野雅裕さんの著書「宇宙に命はあるのか」を読んだら、第二章の最後にほぼ同じことが書いてあってびっくりしてしまった。タイミング的に僕の方が完全にパクリになってしまうが、まあそんなことよりも同じ思いの宇宙工学者の方がいてくれたことが非常に嬉しかった。小野さんの著書を読んだことのない方は是非一度読んでみてほしい。情熱的で、美しく、心の奥底から人をつき動かす素晴らしい文章を書く方だ。実は僕の大学の専攻の大先輩に当たる。

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