コンパスは月を指す

宇宙旅行を考える駆け出し宇宙工学者。 Twitter: @astro_kuboy

第4回 宇宙は無重力じゃないんですか?

 

ドンッという衝撃とともに最終段ロケットが切り離されると、突然妙な感覚に襲われた。

「あれ、どっちが上だっけ?」

確かに地球からずっと真上を向いてロケットに乗ってきたはずだが、お腹の底の浮遊感とともに急に自分がどちらを向いているか分からなくなった気がしたのだ。地球を飛び立ってから約10分後、船内は今まさに無重力状態になったところだ*1。先ほどまで隣で緊張した表情を浮かべていた小学生一年生の娘も、キラキラと目を輝かせてこっちを見ている。

「すごいね!浮いてるよ!なんかふわふわする!」

ふふふ、無邪気な我が子よ。ここは大人の余裕を見せつつ、ついでに理科のお勉強だ。

「ほんとだ、すごいねえ。そのふわふわのことを『むじゅうりょく』って言うんだよ。ロケットでいーっぱい加速して、地球のじゅうりょくから脱出してきたんだよ。」

へえ、そうなんだー。と適当な返事をしながら娘は窓の外に目をやった。娘の目線の先には青く輝く球体が窓枠の形に切り取られて浮かんでいる。ふと、またも無邪気に純粋に、娘はこんなことを言ってきた。

「あれ。でも、まだあんなに近くに地球あるよ。こんなにちょっと離れただけでじゅうりょくぜんぶ無くなっちゃうの?」

あれ。あれれ?確かに、まだ地球すぐそこにあるな。あれ。確かに、まだ重力あるはずだよな。あれ、でも今無重力だな。あれ、あれれれれ??

「えっと、うん、ああー、えっと、そうだね、、、ほら、ほら、、、そうだ、宇宙食何かなあ?ね、宇宙食楽しみだよね、、、ね!!」

 

 

 

せっかく高いお金だして宇宙旅行するんだから、ちゃんと説明して娘にカッコいいところ見せたいよね。

 

 

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なんでなんで攻撃

 

 

小学一年生の『なんで?』は無邪気で、純粋だ。先日もいとこの小学一年生の息子がイモムシを僕の手に乗せようとしてきたので、「イモムシ嫌いだからいやだよ!」と言うと、『なんで嫌いなの?』『なんで気持ち悪いの?』『なんで?面白いのに。なんで?』と、テツandトモばりの密度でなんでなんで攻撃を喰らわせてきた。たしかに、イモムシの動きをよく見ると意外に面白い動きをしていて可愛らしくも思えた。先入観で判断するのは良くない。

 

「宇宙イコール無重力」というのも先入観である。だって、宇宙空間に出たからといって地球の重力が無くなるわけではないのだ。国際宇宙ステーションのある高度400 km地点でも地上より少し弱くなるが、88 %ぐらいは重力がある。てか、なんならこの宇宙に無重力なんてものは絶対にあり得ない。どれだけ地球や太陽から遠く離れても、理論上重力が完全にゼロになることはないからだ。

宇宙は決して無重力ではない。にもかかわらず、確かに宇宙船では無重力状態を体験することができる。ではその無重力状態とは何なのか?

 

 

 

「宇宙ステーションは地球の周りをまわる遠心力と重力が釣り合っているから無重力状態なんだよ!」

という説明をよく見かける。間違ってはいないし一見分かりやすいけど、これだけでは微妙に説得力に欠ける。だって、飛行機の弾道飛行でも無重力状態は体験できるけど、弾道飛行では別に遠心力と重力は釣り合っていない。

「無重力状態というのは常に落下しつづけている状態なんだよ!」

という説明もよく見かけるが、やっぱりこれも微妙に説得力が足りない。だって、地球から月へ向かっている途中の宇宙船内でも無重力状態は体験できる。地球から月に向かって移動しているのに「落下しつづけている」と説明されてもいまいちピンとこない。

 

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僕が一番しっくり来ると思う無重力状態の説明は、「何にもぶつかっていない状態」だ*2

ちょっと待てい!わしゃあ今別に何にもぶつかってへんけど、無重力状態ちゃうで!と思ったそこの関西弁のあなた。

ぶつかってますよ、地球に。

そう、僕らが地上で重力の大きさや方向を認識できているのは、常に地球にぶつかりつづけているからだ。地球にぶつかって反作用として地球から押されつづけているからだ。僕らの身体は耳の奥の方にある三半規管などで自分の体にかかる力の情報を得ているが、それらは身体が何にもぶつかっていない状態では力を認識できないのだ。

 

 

地球をまわる宇宙ステーションや、月に向かっている宇宙船、弾道飛行している飛行機では、自分の体と機体にかかっている加速度が同じ、つまり自分の体と機体が全く同じ動きをすることになるのでぶつからないでいられるわけだ*3

「宇宙イコール無重力」だと思われがちなのは宇宙では重力が働かないからではない。宇宙に出れば空気も地面も無いので、ほとんど何にもぶつからないで飛びつづけられるからだ。

重力と遠心力が釣り合っているから無重力状態なわけではない。重力と遠心力が釣り合っているからずっと地面にぶつかることなく飛び続けられるというだけである。短い時間でよければわざわざ宇宙になんか行かなくても無重力状態は体験できる。実際、空気抵抗さえ無ければトランポリンとかでジャンプして浮いている間だって無重力状態は体験できるのである。

 

 

 

さてさて、ここまで話せば無重力状態に対する誤解もかなり解けただろう。もうこれで小学生の娘さんのなんでなんで攻撃にもちゃんと対応できる。では最後に、今回はクイズを出そうと思う。第0回でも述べたようにこのブログの目的はみんなに宇宙旅行を想像してもらうことにある。僕の話をふむふむと聞くだけでなく、ぜひこの話を材料に自分でいろいろと想像してみてほしい。ではクイーーズ。

 

冒頭の親御さんが、ロケットの噴射終了後に「あれ、どっちが上だっけ?」という感覚に襲われたのはなぜ?

 

ぜひぜひ、自分が宇宙船に乗っている場面を想像して考えてみてほしい。

 

 

 

*1:この記事では「無重力状態」という言葉を使ったが、「無重量状態」と言う方がより厳密だと思われる。詳細は補足 無重力状態か?無重量状態か? - コンパスは月を指すを読んでほしい。

*2:今回のように「何にもぶつかっていない状態」として定義した無重力状態は、無重力実験などを行う際の物理的な定義に近い。もし無重力状態を「人間が無重力だと認識している状態」と定義するならば、話はもっとややこしくなる。例えば高いところから落ちている時は(空気抵抗ゼロなら)何にもぶつかっていないけど「無重力だなあ」というよりも「高いところから落ちているなあ」という認識の方が近いだろう。また宇宙ステーションの壁にぶつかった時には当然「何かにぶつかっている状態」だが、それでも人間は無重力状態にいると認識するだろう。もっとも、このあたりの人間の認識の話になると認知科学とかの領域に入ってきてまたちょっと違う学問分野になってしまうので今はあまり踏み込まないことにする。

*3:厳密に言うと弾道飛行の飛行機では空気抵抗が働くので機体の方が少し遅い。なので実際にはエンジンを少しだけ噴いてその空気抵抗分を打ち消しているそうだ。